【現代の通人】 その1、辻まこと2007-06-07 23:45:42

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 通人の歴史は古いです。
 遊里にしけこみ、うつつをぬかし、つかの間の憂世を忘れようとしている人たち、そのなかでも特に練達で模範たる名人とも言うべき方であり、人生の達観者を指します。


 現代の通人と言えば、まず登場願いたいのが、僕が心から敬愛する、辻まこと氏です。

 百人に一人というイワナ釣りの名手、フランス・スキーの達人、ムササビやカモを打ち落とす鉄砲撃ち、ほれぼれするほどのギター弾き、山をこよなく愛する登山家、詩人、作家、そして画家です。


 1956年「美術評論」に掲載されている、自筆の「略歴」によれば、1914年の生まれで、中学に入ってから画描きになりたくなり、学校を中退してヨーロッパに行きました。
 1ヶ月間リーヴル美術館を見続け、特にドラクロアの作品にショックを受け、とても勝負にならんと、画家をやめるつもりで毎日フラフラしていました。
 先輩に説教されて、やむなく日本に帰国した後はペンキ屋、図案屋、化粧品屋、喫茶店など職業を転々し、そのうち竹久不二彦(夢二画伯の次男)などとともに金鉱探しに夢中し出して、東北信越の山々を駆けめぐったそうです。
 戦時は新聞記者になって、一家天津に移り住んだが、そのうち考古学にのめり、山東省で発掘しようとしたところ、兵隊に入れられました。戦後よっやくのこと引き揚げ、その後は結局画描きに近いことを職にした、とのこと。


 例えば、次の URLにある絵は、「すぎゆくアダモ」という絵本のなかの作品です。
 http://www.ricecurry.jp/

 しかし絵だけでなく、ユーモアあふれる文章のなかに人生の叡智を味付けしたエッセイの数々こそが、まことに素晴らしいです。
 引用すれば長くなるので、ここでは仕方なく割愛しますが。


 ところで、辻まことが友人の小林恒雄に本を贈ったとき、表紙の裏側に次の文を書きました:
 「理を説き名を論ずることは美学の1つだと思うが、それが生命化するためには、経験の生理でうらうちされていなければ真実を失うだろう。
 人を取り除けてなおあとに価値のあるものは、作品を取り除けてなおあとに価値のある人間によって作られるような気がする」


 「理を説き名を論ずる」うんぬんは、鉄心和尚の詩文です。
 多摩川探検隊の本にも載せてあり、たぶん辻まことが気に入っているもので、実にその理想、志す生き方を表しているような気がします。

 理を説き名を論ずること己に十分なり
 蒼世は何れの日に塵気を脱せんや
 自由は人間の世に在らずして
 放曠なるはただ天上の雲に看るのみ

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