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    <title>WonderLand</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Wed, 16 May 2012 07:58:31 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>福島の馬と写真家</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/05/14/6446288</link>
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      <pubDate>Mon, 14 May 2012 23:28:58 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-05-16T07:58:31+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-05-15T00:12:19+09:00</dcterms:created>
      <description>.&#13;&lt;br&gt;
　横浜に住む馬好きによれば、この前の子供の日、根岸競馬記念公苑では「相馬野馬追」を紹介するイベントがあったそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　むかし野馬追祭は５月中の申の日に行われるものですが、旧暦だったので、いまでは７月の行事としてあらためています。&#13;&lt;br&gt;
　その歴史は古く、相馬氏の遠祖・平将門まで遡ると言われています。元享三年（1323年）、相馬孫五郎重胤が下総より奥州行方郡に封を移し、雲雀ヶ原で行われるようになったのが、いまの相馬野馬追の起源だそうです。&#13;&lt;br&gt;
　雑誌「太陽」の1971年の11月号がいま手元にあります。「馬と人と大地の祭り」と題し、大判の写真とともに、古山高麗雄が相馬野馬追について書いた文章が掲載されています。上の話はその受け売りです。&#13;&lt;br&gt;
　記事の写真は秋山忠右と佐藤晴雄によるものです。佐藤晴雄は存知しておりませんが、秋山忠右は「くにざかい」などを撮った、素晴らしい社会派写真家で知られています。だいぶ若い頃の写真でしたね。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「馬を飼う相馬地方の家は、年々減少の途をたどっている。原町市についていえば、昭和３７年には６８６頭いた馬が、４５年には五分の一足らずの１２８頭に減ってしまった。」と記事にあります。&#13;&lt;br&gt;
　現在では、さらに減ってしまったのではないでしょうか。本祭りでは５００頭もの馬が集められ、規模としては国内最大ですが、多くは関東圏からのレンタルになったようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　さて、冒頭の写真は、石原徳太郎によって刊行された「大日本博覧絵」という銅版画集の１ページです。「福島県　産馬会社」と題がつけられていますが、描かれているのは、明治初期、労働力としての優秀な馬を生産、育成する目的で設立された「須賀川産馬会社」です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「近代デジタルライブラリー」を眺めたときに見つけた１枚（&lt;a href="http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/853938"&gt;http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/853938&lt;/a&gt;）ですが、調べてみたら、その下図となっている写真が地元に残されているそうです。撮ったのは写真師の松崎晋二、明治９年５月31日に撮影されたものです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この松崎晋二は、僕は出久根達郎の随筆で知りました。&#13;&lt;br&gt;
　わが国最初の従軍写真師だそうです。と言っても日清戦争や日露戦争ではなく、明治７年の、いわゆる台湾出兵（宮古島の漁船が難破し、台湾に漂着して殺害されました。新政府不平士族の不満をそらすために出兵を強行したと言われている）のときです。&#13;&lt;br&gt;
　松崎晋二はその台湾の写真と、小笠原で撮影した写真を、一般向けに売りに出しました。いまはほとんど残っていないらしいですが。&#13;&lt;br&gt;
　松崎晋二は「写真必用写客の心得」という小冊子も出版しています。こちらは「近代デジタルライブラリー」にあり、一応読むことができました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　明治９年の東北・北海道巡幸に際し、松崎は福島県庁からの依頼により半田銀山・二本松製糸会社など県内の殖産興業施設や名所旧跡を事前に撮影して天覧に供しておりましたが、そのなかの１枚が上記の須賀川産馬会社の写真でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　むかし福島県は馬産地として有名でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　僕が競馬を見始めた頃、CBC賞など重賞を３勝したトーアファルコン（&lt;a href="http://db.netkeiba.com/horse/1981100431/"&gt;http://db.netkeiba.com/horse/1981100431/&lt;/a&gt;）は、当時すでに珍しくなった福島県産の活躍馬として知られていました。&#13;&lt;br&gt;
　名馬ビワハヤヒデも表記上は福島県産ですが、こちらは輸入馬の母馬が北海道に運ぶ前に産気づいてしまい、急遽福島県桑折町にある早田牧場本場で出産させたためです。交配はアメリカで行われた、いわゆる持込み馬です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　福島の浜通りには馬産で知られる双葉郡葛尾村がありますが、去年の震災および原発事故の影響により、残念ながら、葛尾村で唯一残っていた篠木牧場は、廃業に追い込まれたそうです。&#13;&lt;br&gt;
　もしかして、福島県産馬が競馬場で走ることは、今後、もうなくなるかも知れません。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>競馬・馬関係の雑談</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>スマート、クラウド、ビッグデータ</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/05/07/6439516</link>
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      <pubDate>Mon, 07 May 2012 22:12:25 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-05-08T23:45:42+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-05-07T23:48:04+09:00</dcterms:created>
      <description>　スマートフォン、スマートTV、スマートハウス、スマートシティ......近頃は「スマート」が流行っているようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この場合、本来の「利口な」、「洗練された」と言った意味からやや逸脱し、むしろ多くの機能が「融合」されたものを表すのに使われているような気がします。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　情報科学の分野では、いつも様々なカタカナ語が生まれて、流行ったり、消えたりします。時代の流れとともに、多くのバズワード（buzzword）が、いつも間にか死語になっています。&#13;&lt;br&gt;
　例えば20年前に人口に膾炙した「ファジー」など、いまではほとんど聞かれなくなりましたね。&#13;&lt;br&gt;
　ニューラル・ネットワーク、ダウンサイジング、バーチャル・リアリティ、ヘテロジニアス、ユビキタスなども、死んでいるわけではないでしょうが、ブームだった頃に比べると、目にする機会がだいぶ減っています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いま「旬」のキーワードと言えば、ひとつは冒頭に上げた「スマート」で、あとは「クラウド・コンピューティング」や、あるいは「ビッグ・データ」とかが、流行しているようです。&#13;&lt;br&gt;
　テクニカル・タームに留まらず、「クラウド」はとっくにビジネスになっているし、「ビッグデータ」もそうなる勢いがあります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　こういうバズワードは時代とともに生きるものですから、逆に流行のバズワードから、時代の傾向が見えるかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ちょっと前まで、この高度情報化社会は多くの情報が氾濫している、と言うと、情報の海に溺れているようなイメージが連想され、若干マイナスな意味で捉えられがっちです。&#13;&lt;br&gt;
　「情報爆発」もそうで、情報を管理する事の難しさばかりが注目され、情報オーバロードと懸念されたりしまう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかしどうも、いまは違うようです。&#13;&lt;br&gt;
　データ工学の権威である喜連川優教授によれば、むしろ積極手に情報を爆発させるべき、だそうです。&#13;&lt;br&gt;
　人間がしゃべる情報だけでなく、無数の機械やセンサーがしゃべるもっとたくさんの情報を、インターネットの向こうのクラウドに賢く格納し、賢く検索、分析して、新たな価値を創出するテクノロジーが望まれています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　例えば、従来のカーナビは、特定の個人が、予め決められている用途に使う道具です。しかし、未来の車載システムは、遥かに膨大な情報を融合して、スマートに扱えるようになるかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
　ドライバには、道路の混雑具合、ドライバの運転技術など様々な要素を考慮した推奨ルートや到着予想時間が知らされるかも知れません。保険会社では、車の種類・年数だけでなく、ドライバの運転の仕方（急発進、急ブレーギの回数とか）、よく通るルート（事故多発地帯か）などから、適切な保険料を算出できるかも知れません。国土交通省は、いまの交通予測よりも精度の高い情報に基づいて、路線を建設し、適切な時間帯に修理工事を実施できるかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　なんだか、素敵な未来が待っているような気がしました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いや、本当にそうなのでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
　まず、これらの情報は一体誰のものか、ということだけでも僕などは気になってしまいます。&#13;&lt;br&gt;
　上の例で言えば、プライベートが侵されないように、個人を特定できないように処理さえすれば、カーナビなどで収集した情報を、メーカや販社が統計して使ってよいものでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マーク・ザッカーバーグは、世界中の人たちがもっとオープンに意見を言い合い、オープンに結びつけば、素敵な世の中になると信じて、実名登録を基本とするFacebookを作ったそうです。&#13;&lt;br&gt;
　問題は、近頃欧米で話題になっている「Facebook疲れ」の話を聞くと、誰もがそう思っているわけではないらしいです。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>【頭の体操】親も人の子</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/04/29/6428497</link>
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      <pubDate>Sun, 29 Apr 2012 11:09:54 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-04-30T08:55:25+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-04-29T11:19:44+09:00</dcterms:created>
      <description>　定員が14人の船に、６組の夫婦が乗っています。&#13;&lt;br&gt;
　そのうち３組は子供がいませんが、残り３組の夫婦は、それぞれ３人の子供を連れています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　単純計算すると、21人がいそうですが、定員オーバーにならずに全員が船に乗れるのはなぜでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
　但し、５歳以下の子供は３人で、大人２人分として計算されるルールです。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>【頭の体操】考え直したほうが良いでしょうか？</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/04/18/6416998</link>
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      <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 17:49:46 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-04-18T16:49:46+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-04-18T14:52:41+09:00</dcterms:created>
      <description>　あなたは抽選によって選ばれた幸運な当選者です。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、それだけではほしい賞品にたどり着くはできません。本当に賞品獲得にふさわしいかは、さらに運が試されているところです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　司会者があなたの目の前に、A、B、C、Dという４つの箱を並べました。このなかに１つだけ「当たりくじ」が入っていると説明してくれましたが、外観からはどれが当たりかを判断することができません。自由に１つだけ選んで良いと言われたあなたは、運を天に任せてAを指した、とここでは仮定しましょう。&#13;&lt;br&gt;
　ここで、箱の中身を事前に見ていた司会者が、親切なヒントをくれました。４択ではあまりに確率が悪いから、残ったB、C、Dのなかから１つだけ中身をお見せしましょう。と言いながら、司会者がDの箱を開けて見せてくれました。当然ながら、Dの箱には「当たりくじ」は入っていません（それはそうでしょう、「当たり」を見せたらゲームになりませんね）。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　さあ、変えるならこれが最後のチャンスです。&#13;&lt;br&gt;
　最初に選んだAのままで良いでしょうか？それともBかCかに変えますか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　これは、昔に見えた映画のワンシーンです。&#13;&lt;br&gt;
　たぶん有名な映画ではなく、残念ながらタイトルも後のストーリーも失念してしまいました。細かいシチュエーションも多少違っているかも知れませんが、大まかな設定は以上のようなものです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　論点を明確にするために、ここでゲームのルールを次のように若干変えたいと思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
・４つの箱のなかの１つだけに１００ドルが入っていて、後の箱は空です。&#13;&lt;br&gt;
・ゲームを参加するためには参加費として３５ドルを支払う必要があります。&#13;&lt;br&gt;
・司会者はどこに１００ドルが入っているかを知っています。&#13;&lt;br&gt;
・ゲームの参加者がまず１つの箱を選びますが、選ばれた箱が「当たり」かどうかを示さずに、司会者は残った３つの箱のなかから、中身が「空」の箱を１つだけ開けて見せてくれました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　設問は以下の２つです：&#13;&lt;br&gt;
(1) 最初選んだ箱をやめて、選び直したほうが確率的に当たりやすいか？&#13;&lt;br&gt;
(2) このゲームは参加者にとって有利なものでしょうか？（すなわち、何回も繰り返し参加できるなら、確率的に儲かりますか？）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　さあ、Aのままで良いでしょうか？それともBかCかに変えますか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　映画の主人公はあっさりと、「では、Bに変更」と答えました。&#13;&lt;br&gt;
　理屈は、以下の通りです：&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最初は４択問題だったので、適当に選んだAが「当たり」である確率は四分の一、つまり 25％です。&#13;&lt;br&gt;
　B、C、Dの中に「当たり」がある確率は残りの75％ですが、Dは後に「はずれ」であることが確定したので、BとCが「当たり」である確率はそれぞれ75％の半分、すなわち 37.5％になる計算です。&#13;&lt;br&gt;
　BかCかは確率に違いはないが、いずれにしてもAより高いので、BかCに変えるのは当然、というのがその説明です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ということで、設問(1)の答えは、Yesということになりましょう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　設問(2)についても、１つだけ可能性を取り除いてくれたので、Dを除いた３択問題で、期待値は三分の一の約３３ドルになり、参加費が３５ドルでは計算上割が合わないと思えてしまいがちです。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、上の理屈だと、BとCの期待値は３７．５ドルであり、数をこなせば、確率的には参加者が儲かるという計算です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この答え、感覚的に、納得できますか？&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>「ナマハゲ体験講座」の中国語訳</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/04/16/6413539</link>
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      <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 23:05:06 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-04-16T23:42:33+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-04-16T23:25:49+09:00</dcterms:created>
      <description>　東北観光博覧会（&lt;a href="http://www.visitjapan-tohoku.org/"&gt;http://www.visitjapan-tohoku.org/&lt;/a&gt;）のポータルサイト多言語版が、一時閉鎖になりました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　外国語訳に誤りが多く、苦情が殺到し、公開しながらの修正を断念したそうです。（&lt;a href="http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2012041305820.html"&gt;http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2012041305820.html&lt;/a&gt;）&#13;&lt;br&gt;
　むべなるかな、機械翻訳の結果を、そのままホームページに載せたようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　例えば、歌人の石川啄木の法要「啄木忌」は、英語で「Woodpecker mourning」になっていました。Woodpeckerは鳥のキツツキ（啄木鳥）ではありますが (笑)&#13;&lt;br&gt;
　例えば、「ナマハゲ体験講座」は、中国語で「はげ頭病の講座を体験する現場」と誤訳されたそうです。&#13;&lt;br&gt;
　目が点になりましたが、なるほど、infoseekの翻訳ページでやってみると、中国語訳では「经验现场秃头病讲座」に化けています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　上のネットニュースによれば、「担当者は『自動翻訳機の辞書機能に固有名詞を登録するなど改善を図っていきたい』と話す。」とあります。いや、そういう問題ではないと思いますが。&#13;&lt;br&gt;
　そもそも現在ネット上の機械翻訳は、そのまま実用に耐えられるものだと考えている人が存在していることに、かなりびっくり仰天です。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>翻訳</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>馬の走り方</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/04/09/6406293</link>
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      <pubDate>Mon, 09 Apr 2012 23:02:47 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-04-10T07:45:32+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-04-10T00:29:12+09:00</dcterms:created>
      <description>　今日（4月9日）のGoogleロゴは、疾走する馬のアニメーションです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　カーソルを合わせると、「エドワード・マイブリッジ生誕182周年」の文字が見えてきますが、エドワード・マイブリッジはイギリス出身の写真家です。元カリフォルニア州知事のリーランド・スタンフォードから依頼を受け、走る馬の４本の足がすべて地面から離れる瞬間の写真を初めて撮影した人です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　疾走する馬が全部の足を同時に地面から離すことがあるかどうか、というのは、手元の「馬のすべてがわかる本」（原田俊治、PHP文庫）によると、実は古代ギリシャから綿々と続いていた議論のテーマでした。&#13;&lt;br&gt;
　しかしなにしろ疾走する馬の足の動きが速くて、観察者は自分の見ているものに確信を持てなかったのであります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　エドワード・マイブリッジは独創的な撮影方法を考案し、苦労した末に依頼をみごと応えました。また、そのために考案した連続写真の撮影方法は、後に映写機、映画の誕生に結びついたとも言われ、カメラの歴史の本には必ずと言って良いほど、取り上げられています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　運動中の馬の足の運びは、馬術家によると10種類以上と数えられますが、常歩（なみあし）、速歩（はやあし）、および駆歩（かけあし）の３つに分類することが多いです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　常歩とは、馬がゆっくり自然に歩いている状態です。一歩ずつ等間隔に移動し、蹄音は４拍子、全部の足が同時に地面を離れることはありません。&#13;&lt;br&gt;
　速歩とは、前後の足二本が一組となって同時に地面を離れ、同時に着地する歩様です。トロット（Trot、斜対歩）とペース（Pace、側対歩）の2種類に大別でき、前者は斜め前後の２本（左前と右後、または右前と左後）が同時に動き、後者は同じ側の２本（左前と右後、または右前と左後）が同時に動く走り方です。&#13;&lt;br&gt;
　駆歩は、最もスピードの速い歩様です。そのなか、日本語で競走駆歩もしくは襲歩とも呼ばれるのがギャロップで、緩駆歩の訳が割り当てられるのがキャンターです。ギャロップの蹄音は四拍子、右後→左後→右前→左前、もしくは左後→右後→左前→右前の順で着地します。キャンターの蹄音は三拍子、右後→左後と右前同時→左前、もしくは左後→右後と左前同時→右前の順で着地します。いずれも全部の足が地面から離れる浮遊期は、一完歩ごとに一度発生します。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　速歩でも、全部の足が地面から離れることが、ごく短時間ですが、一完歩ごと二度生じることがあるそうです。「馬のすべてがわかる本」によると、エドワード・マイブリッジが撮影して、その事実を突き止めたそうですが、少なくともGoogleロゴに載っているのは、速歩中の馬ではなく、明らかに馬がギャロップしているときの写真です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　日本でもかつて速歩競走が多く行われましたが、だいぶ前に書いた（&lt;a href="http://tbbird.asablo.jp/blog/2007/04/26/1466536"&gt;http://tbbird.asablo.jp/blog/2007/04/26/1466536&lt;/a&gt;）ように、キャンターだけでなく、ペースも異歩法とされ、失格の対象です。アメリカなどでは、速歩競走のなかでもトロットとペースのレースが約半々だったようです。&#13;&lt;br&gt;
　同じ側の手と足が同時に動くと、たどたどしい幼稚園児の行進を思い浮かびそうですが、馬の場合、ペースするときに後肢の踏み込みが前肢にぶつかることがなく、歩幅を大きく踏み込める利点があります。また、左右の動きが大きくなる代わり、上下の動きは少なく、馬車を引くとも安定性も良いと言われ、わざわざその歩様ができるように調教されています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　実はモンゴル馬や北海道和種は、基本的に側対歩で走ると聞きます。象、ラクダ、ライオンなどもそうです。&#13;&lt;br&gt;
　「馬たちの33章」（早坂昇治、緑書房）によれば、昔の武士が乗る馬は側対歩で走ることが要求されるそうです。馬上から矢を射る場合、上下動が少ない側対歩が良いとされ、側対歩のできない馬の調教法などが馬術伝書に記されています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ついてに、時代劇で俳優さんが馬の左側から乗ることをよく見かけますが、これは時代考証の誤りです。西洋式の馬文化が入る幕末以降ならいざ知らず、昔の武士が馬に乗るときは、必ず右側から乗っていました。室町時代以降、様々な馬術の流儀が生まれましたが、すべて右乗りが原則でした。&lt;br&gt;
</description>
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      <dc:subject>競馬・馬関係の雑談</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>イラヌコトイウナ、○オクレ</title>
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      <pubDate>Wed, 04 Apr 2012 22:35:04 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-04-05T00:35:46+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-04-05T00:00:57+09:00</dcterms:created>
      <description>　電話を発明した人は誰かと聞かれたら、グラハム・ベルだと答える人が多いかと思いますが、実は同時期に似たような発明、発見が多い事柄の代表例だと言っても良いぐらい、電話の発明者を明確に特定するうえ、疑念がたくさんあります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　そもそもベルの特許の表題は「電信機の改良」となっており、「音楽またはその他の音」を伝送できる、としていますが、「電話機」という言葉は見当たらないし、言葉を伝えることも明記していませんでした。&#13;&lt;br&gt;
　しかも、1876年のバレタインデーに、ベルの代理人ハバートがワシントンの特許局に特許を申請してから、わずかに2,3時間後に、イライシャ・グレイが言葉を伝達できる電話機に関する「特許予告記載」を提出したそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　それでも、手元の「ユニバーサル・サービス」（林紘一郎、田川義博共著、中公新書）によれば、「公平に見るならば、実際に電話を発明したのはベルである、と言ってよいだろう。」とあります。グレイの特許は構想上のペーパー・マシンに過ぎず、「特許予告記載」を提出したときも、その後何ヶ月かかっても実作に成功していなかったようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ベルの特許が「電信機の改良」になっていたのは、当時の主流技術はあくまでも「電信」、すなわち電報だったことを物語っています。&#13;&lt;br&gt;
　19世紀はもちろん、アメリカの電報通数を調べると、1940年代までは増加を続けていました。電話が発明された後も、基本的に市内通話がほとんどで、市外通信は電報によっていた時代が長かったようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　後に「AT＆Tの歴史に燦然と輝いている最も偉大なる勝利」だとされている、当時電信事業最大手のウェスタン・ユニオンとの特許紛争和解において、ウェスタン・ユニオン側が「今後17年間、電話事業を行わない」の条約を呑んだのも、ベル側がお金がを支払っただけでなく、「ベル側は電信事業に参入せず」という条文が付いたからでしょう。&#13;&lt;br&gt;
　電報の市場が、すべて電話に取って代えられることはない、という判断だったかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ほとんど慶弔用にしか使われなくなったかと思いますが、電話やメールがこれほど普及している今日、電報という仕組みがまだ生き残っているのは、考えて見れば、むしろ不思議です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかし、1870年の東京－横浜間のサービス開始以来、少なくとも高度成長期に差し掛かる頃まで、日本で電報がすこぶる重宝され、しきりに利用されていたのは、紛れもない事実です。&#13;&lt;br&gt;
　「チチキトク」とか、「○オクレ」とか、電報は一字いくらという形で値段が決まり、しかもその費用が高く（しかも濁音が二字分になっていた）、短文ばかりです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　名横綱・双葉山の「イマダモッケイタリエズ」（&lt;a href="http://tbbird.asablo.jp/blog/2009/10/07/4619567"&gt;http://tbbird.asablo.jp/blog/2009/10/07/4619567&lt;/a&gt;）は、名電文だと称しても良いか思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もうひとつ、丸谷才一のエッセイ集を読んで出てきた話ですが、1876年（明治9年）、神風連の乱のときに芸者の小勝が打った電報は、人気を博していたようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「神風連の乱」は知られているように、熊本の士族二百余人が鎮台司令官種田政明少将、県令安岡良亮を襲って殺害した事件です。政明とねんごろの関係だった日本橋芸者の小勝も、暴徒に抵抗して手を負傷しましたが、東京の父親のところへ電報を発し、急を告げました。&#13;&lt;br&gt;
　「ダンナハイケナイ　ワタシハテキズ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　当時の花形作者、仮名垣魯文はこれに加筆して、&#13;&lt;br&gt;
　「旦那はいけない、わたしは手傷、代りたいぞえ国のため」&#13;&lt;br&gt;
　という都々逸を作り、一世風靡したそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　　いろいろな略が発達していましたが、ありきたりな形式に陥ることが多く、電報を風雅と結びつくことはなく、残念ながら、電報文学と称すべき名文はほとんどなかったようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　名文には程遠いですが、最も有名な電文は「○オクレイサイフミ」というものでした。&#13;&lt;br&gt;
　「○」はお金の略でした。「フミ」は手紙です。つまり詳しい事情は手紙で別途説明しますので、とにかく一刻も早く金を送ってくれ、という意味の文面です。&#13;&lt;br&gt;
　「オレオレ詐欺」まで発展することはなかったのでしょうか？&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>カキシハ オレダ</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/29/6394150</link>
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      <pubDate>Thu, 29 Mar 2012 23:43:10 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-03-30T00:34:39+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-03-30T00:34:39+09:00</dcterms:created>
      <description>　大正天皇が没したのは大正15年12月25日だったので、昭和元年はたったの一週間しかなかったのです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　園氷蔵史が編纂した「昭和初年」という本に、その７日間のドキュメントが記されているそうです。&#13;&lt;br&gt;
　元々枢密院臨時会議で新元号を「光文」と決定しながらも、東京日日新聞にスクープされたため、「昭和」に急遽変更したことや、天皇が変わって、それまで続いていた大奥お局制度が廃止されたことや、陸軍少佐池田政佑男爵が殉死したこと、などなど、知らないことだらけです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いや、「昭和初年」なる書物を、僕が手に取って読んだわけではありません。垣芝折多という人がその著作で取り上げられたのを目にしただけです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　昭和38年の「&amp;lt;孫の手&amp;gt;史」も取り上げられています。&#13;&lt;br&gt;
　木や竹で作られるあの&amp;lt;孫の手&amp;gt;を、著者の加湯いねは皮膚病専門の病院で看護婦として務めながら、研究したそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　瞠目すべきは、幕末から明治にかけて幾度か流行した「孫の手品評会」でしょうか。形の良い品を、好事家たちが集めて、玩賞したそうです。&#13;&lt;br&gt;
　使い方は、本式の作法も決められています。搔き方は「廻し搔き」、「桂馬搔き」といった基本から、「春の嵐」や「千鳥の渡り」などの難しい技まで、通り一遍ではなかったようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ほかには、馬尾一の「私は馬が好きであります」（明治39年）とか。&#13;&lt;br&gt;
　子供の頃のクロやアヲといった農馬、日清戦争時の鬼露毛、日露戦争の時の飛竜号など、著者が生活をともにした馬たちのことを綿々と綴っています。&#13;&lt;br&gt;
　刊行したのは「馬鹿無茶会」です。&#13;&lt;br&gt;
　「バカムチャかい」と読んではいけなくて、正しくは「うましかないさかい」だそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　どうでしょうか。役に立たないが、楽しい話ばかりです。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、第一書の「掃除のすゝめ」から、第百書の「本を読まずに済ます法」まで、作者が取り上げられた百冊は、ひとつとして聞いたこともありません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　それもそうです。&#13;&lt;br&gt;
　この垣芝折多という作者は著者紹介欄では「経歴不明」という四文字のみなら、取り上げたおまけの第百一書がすなわち本書で、タイトルもずばり「偽書百撰」なのであります。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>読書・本</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>維新八策</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/23/6386082</link>
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      <pubDate>Fri, 23 Mar 2012 23:57:28 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-03-24T01:35:15+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-03-24T01:16:00+09:00</dcterms:created>
      <description>　既成政党に対する失望感、ならびに日本の政治、経済全般にわたる閉塞感、停滞感からか、橋本大阪市長率いる大阪維新の会は、きたるべく国政選挙においても、多くの期待を集めているようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　遅ればせながら、「日本再生のためのグレートリセット」と表題がついた、大阪維新の会版・船中八策の骨子全文を読みました。&#13;&lt;br&gt;
　狙いがわからない部分、荒削だと感じた部分もあれば、なるほどと頷くところも多いです。&#13;&lt;br&gt;
　道州制、大阪都構想など、やや突飛とも思われる部分が全面に出てしまったせいか、全文を読んでみる、先入観から意外なほど現実主義であるように感じました。実際、一部先進国ですでに実施されてきた（日本は置いていかれた）改革を、現実的に取り入れようとしている感じです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　特に賛成、同意しているのは、以下の点です：&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(1)統治機構の作り直しの部分と、(8)憲法改正の部分では、参議院の改革、廃止が目を引きます。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; 成り立ちを見ても、すでに怪しい参議院の存在価値ですね。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(2)財政・行政改革の部分では、国会議員の定数削減と歳費その他経費の削減。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; 既得利権をどのように崩すかがポイントになるでしょう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(3)公務員制度改革の部分では、公務員を身分から職業へと変える思想、そして外郭団体改革。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; しかも公務員は安定な職業だけにせず、働き甲斐を感じられる、創造性を促すような制度も併せて定義してほしいです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(4)教育改革の部分では、格差を世代間で固定化させないために、最高の教育を限りなく無償で提供する理念。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; 特に大学でしょうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(5)社会保障制度の部分では、ベーシックインカム（最低生活保障）制度の検討。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; 社会保障制度は単純であればあるほど、実施にあたってのコストを節約できるのは明白です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
(6)経済政策・雇用政策・税制部分では、貿易収支から所得収支、サービス収支の黒字を狙う考え方と、外国人人材の活用、女性労働力の徹底活用など。&#13;&lt;br&gt;
=&amp;gt; 所得収支、サービス収支の黒字を狙うのは、いわば出稼ぎの薦めです。貿易収支の黒字は、逆に言えば、日本から物が流出していることです。貿易収支が赤字になっても物を流入させ、国や地域を豊かにし、そのために払うべき代価を出稼ぎ先からの配当などで賄う考え方は、高齢化を向かっている日本に必要であるような気がします。もちろん、産業の空洞化対策も必要で、高価値産業の創出、およびそのために必要な優秀な人材の確保、もしくは育成は不可欠です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この船中八策のなか、あまり良いと思わないのは、参議院議員と地方首長の兼職を認める部分です。&#13;&lt;br&gt;
　それどころか、僕の考え方では、国政においても行政権を持つ大臣は、基本的に国会議員から選ばないほうが良いです。&#13;&lt;br&gt;
　よく三権分立と言われる通り、立法、行政、司法の権限は分散させたほうが、権力の濫用を防げ、それぞれの立場のオペレーションに矛盾なく専念できるはずです。なんでも衆議員、参議員が決めるいまの日本の国政は、地方に比べてもスピード感がなさすぎです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　あとは教育改革に、とにかく力を入れてほしいと考えています。&#13;&lt;br&gt;
　あらゆる形で、若者に物を学ぶ意味、価値を教え、知識を吸収させ、人間力を鍛えさせます。&#13;&lt;br&gt;
　持っている資源の量が国の経済力を決定する時代になりつつある今日、地下に豊富な資源を持たない日本にある、もっとも大きな資源は「人」なのです。就職活動に１年も２年もかけるのは、貴重な資源の無駄使いです。入試ひとつ取っても、もっと効率的にまとめてやる方法があるような気がします。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>オルフェーヴル、バンザイ （3月18日の中央競馬観戦記）</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/19/6382876</link>
      <guid>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/19/6382876</guid>
      <pubDate>Mon, 19 Mar 2012 22:50:42 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-03-20T07:45:55+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-03-19T23:59:49+09:00</dcterms:created>
      <description>　3月18日は、いつもの用事のない日曜日と同じ、競馬中継を流すテレビの前に鎮座しました。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　話題騒然となった阪神大賞典（G II）も、もちろん見ました。名牝ファビラスラフインの仔ギュスターヴクライの初重賞勝ちのレースでもありますが、やはり今年の阪神大賞典は、昨年の４冠馬オルフェーヴルが大迷走したレースとして、記憶されるのでしょう。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
&lt;iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/mj2F9CHWYSY" frameborder="0" allowfullscreen&gt;&lt;/iframe&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　一旦止まってから鋭く巻き返すあたり、凄いものを見た気も確かにしますが、やはりこういうのはダメだと思います。&lt;BR&gt;&#13;
　そうではないと信じて切っていますが、内容的には不正騎乗（八百長）の疑いさえかけられるもので、国によっては暴動が起きてもおかしくないレースです。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　何が起きたのでしょうか？&lt;BR&gt;&#13;
　いつもと違って、向こう正面の直線で早々と先頭に立ち、早く行き過ぎたと慌てた騎手が抑えたせいもあって、そこでレースが終わったと馬のほうが勘違いしたのでしょう。現に３コーナーに向かわず、外目に寄りながら走りを一旦止めてしまいました。&lt;BR&gt;&#13;
　前走の有馬記念（2500M）とほぼ同じ距離を走りましたし。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　いろいろな見方があるかと思いますが、抑えるか行かせるかの指示が曖昧だったところ、やはり池添騎手の騎乗ミスでしょう。残念ながら、弁解の余地は少ないと思います。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　気性の荒い馬で、巷では騎手交代の声も上がっていますが、僕はしかし、もう一度、池添騎手を載せてほしいと思います。実際、去年連勝をしたのはこのジョッキーのエスコートがあってのものだし、チャンスはもう一度あっても良いような気がします。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　一方、中山競馬場のほうは、皐月賞トライアルのスプリングステータスが無事に行われました。&lt;BR&gt;&#13;
　アグネスタキオン産駒のグランデッツァが、重い芝の上を実に爽快な足で駆け抜けました。これは来月の本番、ワールドエースのような豪傑を相手に伍しても、とても楽しみな存在であることを、満天下に示しました。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　人気薄で気づかなかったのですが、１月に新馬、若竹賞を連勝したバンザイも出走してきました。&lt;BR&gt;&#13;
　この名前でよく馬名審査を通ったな、と前から思っていました。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　いや、決して悪い命名だと思ったわけではないですが、何しろ過去にも同じ名前の名馬がいました。&lt;BR&gt;&#13;
　父ダイヤモンドウェデイング（Diamond Wedding）、母がサラ系の宝永のバンザイは、いまから98年前にデビューし、旧４歳から５歳まで計13戦11勝という素晴らしい成績を上げ、大正時代を通じての名馬というにはばかりません。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;&#13;
　手元の「日本の名馬」（サラブレッド血統センター）でも、（時代順ですが、）一番最初に取り上げたのが、そのバンザイ号でした。&lt;BR&gt;&#13;
&lt;BR&gt;
</description>
      <dc:subject>競馬予想・レース回顧</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>魅死魔幽鬼から鬼怒鳴門への手紙</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/09/6368020</link>
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      <pubDate>Fri, 09 Mar 2012 00:56:39 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-03-09T01:31:04+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-03-09T01:31:04+09:00</dcterms:created>
      <description>　法務省がドナルド・ローレンス・キーン氏に日本国籍の取得を認め、官報で告知したのを、なぜか台湾Yahooのネットニュースで読みました。&#13;&lt;br&gt;
　&amp;lt;&lt;a href="http://tw.news.yahoo.com/"&gt;http://tw.news.yahoo.com/&lt;/a&gt;美教授溫情挺日-震災後入日籍-060319852.html&amp;gt;&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　昨年、日本に移住する前、ニューヨーク市内で最終講演を行った後、ドナルド・キーンは、漢字での名前の表記を「鬼怒鳴門（キーンドナルド）」にする考えを明かしたそうですが、果たしてどうなるのでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「あるアメリカ人で、私あての手紙の結びの名を、『魅死魔幽鬼夫様』と書いてくる人があります。これは、必ず彼が気分のよいときで、陽気で、ふざけたいようなときには、こう書いてくるのです。彼が、『三島由紀夫様』と書いてくるときは、大てい気分のわるい、イライラしている場合で、手紙全体にそういう調子があらわれています。」&#13;&lt;br&gt;
　と三島由紀夫が、「女性自身」の連載「おわりの美学」で書いたとき、当時の読者は三島の作り話と思っていたかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　後々になって、その「あるアメリカ人」は、ドナルド・キーンに違いないと、人々はようやく気づきました。&#13;&lt;br&gt;
　魅死魔幽鬼から鬼怒鳴門に当てた書簡の数々が、一冊の本にまとめられ、中央公論新社から出版されています。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>歳費と田中正造</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/07/6366475</link>
      <guid>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/03/07/6366475</guid>
      <pubDate>Wed, 07 Mar 2012 22:47:03 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-03-07T23:43:54+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-03-07T23:43:54+09:00</dcterms:created>
      <description>　ネットニュースを読むと、国会議員の歳費を１人あたり年間３００万円削減する方針で、民主党が提案し、自民、公明両党が賛成する方向で調整中だそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　歳費は議員の給与だと言われていますが、議員の給与ほどわかりにくいものもないかも知れません。月額130万円ほどの歳費のほか、文書通信費なるものが月額100万円程になるようです。さらに期末手当、各種手当ても入れると、報酬は合計で年間約4200万円にのぼり、これは世界最高水準だと言われています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　日本でも、少なくとも19世紀まで、議員の歳費は高額ではなかったようです。&#13;&lt;br&gt;
　1899年、軍備拡張のために地租増徴を含む増税案の成立をはかる山県内閣は、議員たちの支持を取り付けるべく、他方で議員歳費増額のための法律改正を目指しました。すなわち議長の歳費 4000 円、副議長の歳費 2000 円、議員歳費 800 円をそれぞれ 5000 円、3000 円、2000 円にと、一挙2.5倍も改定するものでした。&#13;&lt;br&gt;
　 &#13;&lt;br&gt;
　そのとき、田中正造は憲政本党を代表して反対演説しましたが、絶対多数で法案が通ると、正造は「わいろ的である」とし、歳費全額を辞退しました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いま手元に、「新・田中正造伝　現代に生きる正造思想」（朝日新聞宇都宮支局）と、「白い河　風聞・田中正造」（立松和平、東京書籍）がありますが、いずれも歳費辞退の件を言及しており、「足尾銅山鉱毒の儀につき質問」を政府提出してから8年経過したときの話です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　常に金に困り、女中さんにまで借金した田中正造は、郷里のわずかの土地建物もすでに小中農教会に寄付済みで、亡くなった際に残されたのが菅笠と合財袋ひとつだけなのは、有名な話です。&#13;&lt;br&gt;
　袋の中は、日記、草稿、新約聖書、帝国憲法とマタイ伝を綴じ合わせたもの、それに渡良瀬川の石ころ数個、鼻紙でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　その代わり、佐野町春日岡山惣宗寺で行われた葬儀は、場所の割りに、会葬者が３万人を数えたそうです。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>「芸亭」の「芸」</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/02/28/6350241</link>
      <guid>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/02/28/6350241</guid>
      <pubDate>Tue, 28 Feb 2012 00:46:50 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-02-28T01:37:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-02-28T01:24:39+09:00</dcterms:created>
      <description>　わが国最古の私立図書室、もしくは最初の公開型図書館とされているのが、奈良時代後期の石上宅嗣によって設置された「芸亭院（うんていいん）」だそうです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ウィキペディアを調べると、平安時代初期の「続日本紀」に、宅嗣の業績とともに「芸亭」の創設経緯が転載され、その頃は「芸亭」がまだ存続していたようです。&#13;&lt;br&gt;
　また、この「芸」（ウン）は、現在でも中国で使われている漢字で、日本で使われている芸術の「芸」（ゲイ）とはまったく別文字、ともあります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「芸」（ウン）は「くさぎる」（雑草を取る）、「ヘンルーダ」（書物の虫を防ぐのに使う香草）の意であり、「芸亭」の名はこの「ヘンルーダ」の意味からきている、とウィキペディアにあります。&#13;&lt;br&gt;
　「ヘンルーダ（Common Rue）」はミカン科の植物で、この項のウィキペディアにも「漢字では芸香（うんこう）と書き、しおりに使うと、本の虫食いを防ぐ」なる記述があります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　確かに中国も昔、書斎を「芸閣」、「芸窓」などと呼んだりするのは、目にしたことがあります。&#13;&lt;br&gt;
　しかし地中海原産の「ヘンルーダ」は、はたして古代の中国にあったのでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「芸閣」などの「芸」は、ゲッキツ（月橘、Murraya paniculata）ではないかと、考えています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　李時珍の「本草綱目」では、「芸，盛也，此物山野叢生甚多，而花繁春馥，故名。」と記されています。&#13;&lt;br&gt;
　ゲッキツはインドの原産らしいですが、台湾に住んでいた頃もよく見かけ、南アジアでは広く生息しているようです。&#13;&lt;br&gt;
　宋の時代の沈括（沈存中）が、「夢溪筆談」という著作のなかで、「古人藏書辟蠹用芸。芸，香草也，今人謂之七裏香是也。」と書いています。「月橘」はいまも「七里香」と呼ばれていますが、「七裏香」は「七里香」に通じると考えられます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もっとも、「ゲッキツ」も「ヘンルーダ」と同じ、やはりミカン科の植物で、大きくかけ離れているわけではなさそうです。&lt;br&gt;
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    </item>
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      <title>誤植</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/02/21/6341996</link>
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      <pubDate>Tue, 21 Feb 2012 00:30:00 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-02-24T01:05:17+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-02-21T00:59:03+09:00</dcterms:created>
      <description>　台湾で小学生をやっていた頃、「新学友」という出版社から出ている参考書を使っていました。われながらよく覚えているなと思いますが、参考書の片隅に、確かに「一字十金」と題する告知が掲載されていました。&#13;&lt;br&gt;
　なんのことはなく、誤字脱字を見つけてくれたお友達に、１０元の奨学金（お小遣い？）を贈呈する、というだけの話です。四字熟語の「一字千金」から取ったタイトルかと思いますが、古人に比べるとだいぶケチったものです。&#13;&lt;br&gt;
　この欄のタイトルが誤字で、「十」ではなく、「千」が正しいだろうと、よほど葉書を出したかったのですが、我慢しました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　古い話をいまさら思い出したのは、出久根達郎の随筆を読み直しながら、です。&#13;&lt;br&gt;
　明治30年ごろの話ですが、報知新聞で誤植探しの懸賞を出したことがあるそうです。暮れの一ヶ月間、毎日の紙面に一字ずつ、わざと誤植して読者に当てさせました。一等の賞品は女物の帯一本だったとか、一ヶ月間の誤字をすべて探させるので、ずいぶんと気の長い懸賞でした。&#13;&lt;br&gt;
　しかも本文にではなく、誤字を仕掛けたのは広告欄のなか、読者は目を皿のように広告欄を隅から隅まで読み、広告主も喜んだようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　しかし、このようなクイズを出せるのは、ほかに誤植がないという自信があるからでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
　当時の新聞は誤植が多かったようです。&#13;&lt;br&gt;
　明治32年5月24日の「読売新聞」など、「無能無智と称せられる露国皇帝」なる文が「社説」に載りました。「全能全智」の間違いだと、後で訂正されました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「箱根用水」などを書いた作家のタカクラ・テルは、元々高岡輝の名前を使ったが、高岡褌を誤植され、腐ってカタカナにしたと聞きます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　いや、とても人のことは言えませんが、昔に限らず、現在だって書籍、雑誌には誤字、脱字がいっぱいあります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最近話題になった誤植と言えば、講談社現代新書の「落語論」を挙げなければなりません。&#13;&lt;br&gt;
　「『大相撲』の始祖は、谷風梶之助である。 天明寛政（註1）年間の力士である。それ以前の最初の三人の横綱、 明石志賀之助、綾波レイ、丸山権太左衛門、 は架空の横綱である」 なる記述があります。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　もちろん「綾波レイ」は「エヴァンゲリオン」の登場人物で、第二代横綱の名は「綾川五郎次」です。&#13;&lt;br&gt;
　とんでもない誤植ですが、「綾」と入力するだけで「綾波レイ」と出るようにワープロに単語登録したのでしょうか？&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「大正天皇」を「大正洗脳」と誤って印刷して、発売中止になった週刊誌もあったようです。&#13;&lt;br&gt;
　「神のみぞ知る」を「神のみそ汁」としてしまったゲーム誌も、確かに見かけました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　すごいことに、「間違い探し」のコーナーで、誤ってまったく同じ図を２つ出してしまった雑誌もあったそうです。どこに間違いがあるかと頭をひねって悩んだ人もかなり悲しかったのですが、どこにも違いがないはずの図から７つも間違いを見つけてしまった人は、もっと悲しかったかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最近の本に正誤表付きのものが減っているのは、誤植がなくなったのではなく、体裁が悪いと、著者も出版社も思ったからかも知れません。&lt;br&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>酔っ払いのニュース斜め読み</title>
      <link>http://tbbird.asablo.jp/blog/2012/02/12/6331384</link>
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      <pubDate>Mon, 13 Feb 2012 21:56:50 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2012-02-13T22:35:30+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2012-02-12T07:10:04+09:00</dcterms:created>
      <description>○ 「遊水地登録推進を　ラムサール条約　栃木市議会が意見書」（&lt;a href="http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/politics/news/20120210/719041"&gt;http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/politics/news/20120210/719041&lt;/a&gt;）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ラムサール条約は、水鳥を食物連鎖の頂点とする湿地の生態系を守る目的で締結される、湿地の保存に関する国際条約です。&#13;&lt;br&gt;
　ここの「遊水地」とは、渡良瀬遊水地です。&#13;&lt;br&gt;
　人によっては、谷中村、足尾鉱毒事件、もしくは田中正造翁を思い出すかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　日本には自然資源が少なく、資源小国だとよく言われていますが、佐渡金山、石見銀山を挙げるまでもなく、昔は金も銀もたくさん産出しました。掘り尽くしただけかも知れませんが、足尾銅山が日本最大の鉱山だった頃、銅は日本の主要輸出品のひとつでした。しかし、鉱毒ガスや排水により、日本初とも言えるかも知れない大規模な公害、環境問題が引き起こされました。&#13;&lt;br&gt;
　その環境問題をテーマに、大企業と国家権力を相手に、田中正造が生涯戦ったことは、忘れるべきことではありません。また、政治が腐敗しているニュースを聞くと、正造あらば、と考えてしまうときも再三ではありません。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　しかし、小学生の子供に聞いてみると、田中正造は知らないそうです。いまの学校では取り上げていないかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
○ 「日本のようにはならない」　少子化対処で移民受け入れ継続　シンガポール」（&lt;a href="http://sankei.jp.msn.com/world/news/120209/asi12020908460001-n1.htm"&gt;http://sankei.jp.msn.com/world/news/120209/asi12020908460001-n1.htm&lt;/a&gt;）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　1990年代のバブル崩壊後の不況を克服できず、政治経済全般が停滞したことを、日本の失われた10年、20年だと言われています。日本のようにならない、と反面教師の如く使われている例が多いですが、今度は少子高齢化社会にまっしぐらの件で引き合いに出されました。&#13;&lt;br&gt;
　日本だって少子化担当大臣が任命され、さまざまな対策が検討されているはずです。しかしどうも国内でも、少子化の流れは止められず、超高齢化社会に向かって日本は歩むことになるだろう、という論調です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　なにしろ社会保障問題も根本がここにあり、この国の将来を展望したうえ、少子化対策は重要です。見通しがないなら、移民を許し、推進する政策を考えるのも一案です。移民政策と言っても、上がっている話を眺める限り、大きく２通りあるようです。「金持ちの外国の年配者、老後を日本で暮らしてもらおう」という案と、「若くて才能のある人を、日本の社会の働き手に担ってもらう」という考えです。安心、安全に暮らせる社会であったり、将来が展望できる公平な社会であったり、条件はいろいろありますが、いずれにしても日本が魅力的な国、地域である必要はありましょう。&#13;&lt;br&gt;
　「日本は移民を望んでおらず、日本人が集まる均質社会だ」と指摘され、そのために「日本は人口減少の代償を払っており、若年人口の減少で、自動車やコンピューターなどの商品の売り上げが落ち込んでいる」という話ですが、確かに日本には美しい斜陽国を歩む道が残されています。それはそれでひとつの見識ではあります。国の進む方向を決める重要なことなので、みんなで認識を合わせ、どっちにしても準備は必要なのでしょうね。&lt;br&gt;
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