ザムザ氏の散歩2008-08-25 23:27:25

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 あなたは、チェコ語が話せますか?

 いまから十数年前、都内山手線の電車内で雑誌をめぐっていたところ、長身の若い男が目の前に来て、腰を曲げながら、いきなりこう聞いてきました。
 はぁ?と、思わず聞き返しました。

 チェコ語ですよ、あなた。
 いいえ、できません、と答えると、男はすぐどこかへ去ってしまいました。座っている人、立っている人、車内にたくさんいるほかの乗客は、聞かれていなかったようです。不意を衝かれ、かつ不用な目線を集めてしまい、狼狽してしまいました。


 唯一知っているチェコ語は、SAMSA。
 ザムザ、チェコ語では「私は孤独だ」という意味になるそうです。
 「ある朝、グレゴール・ザムザがなにかおだやかならぬ夢からさめたとき、ベッドのなかで自分が一匹のとてつもない虫けらに変身しているのを発見した。」
 これが、フランツ・カフカの「変身」という小説の書き出しです。


 司馬遼太郎のエッセイ集「微光のなかの宇宙」(中公文庫)が手元にありますが、そのなかに造形作家・八木一夫の「ザムザ氏の散歩」の写真が載っています。うえの画像とは角度が異なるが、同じ作品で間違いないです。
 解説はないですが、カフカのザムザだと思います。

 たくさんある短い足は、いかにも力が弱く、ばらばらの方向を向いています。どこへ向かうべきか、自分でも制御できない様子で、十数年前の、身の振り方さえ迷っていた自分を、思い出させます。