今の話は皆うそだ2011-02-08 01:06:59

 中公文庫から出ている鳶魚江戸文庫を、順不同で、細々と読んでいます。
 その最後の36冊目「江戸雑録」に「瓦版の話」という文章があり、瓦版の始まりから、種類や消長などまで論じています。言ってみれば、三田村鳶魚は瓦版の史料的価値を認識、考証した先駆者でもあるわけです。

 杉浦日向子の本にも書かれているように、瓦版は今日の新聞のルーツのように言われていますが、実際はゴシップや宣伝が多く、有ること無いことをおもしろくおかしく書いています。なるほど、相撲の勝負付けや火事、地震の情報は確かなのですが、「三つ目の人魚が越中湾に出た」のように、いまのスポーツ紙や大衆雑誌も顔負けの、耳目を引く大ボラが載っていました。
 読む人もバカばかりじゃないので、概ねインチキだとわかった上で買い、洒落を楽しむものだそうです。


 「瓦版の話」に載っている話ですが、嘉永二年五月の読売に、「是は此度吉原の女郎が三ッ子を産みたる 世に珍らしき次第をごらふじろ」と大声で売られた一枚紙が、いまも残っているそうです。

  今度新吉原江戸町一丁目
  の尾張屋彦三郎かゝへ遊女
  花の井と申者三ッ子をうみ
  しを町奉行所へ訴へ出候得
  は珍らしき事に思召早々
  見届させ身もと御ただしの上
  名を一郎二郎三郎と御附被下
  うぶ着一重づゝ被下置以後
  そまつこれなき様大切にそ
  だて可申様に被御仰渡候

 これなどは親切なほうだと思います。
 頭文字だけ縦に読めば、「今の話は皆うそだ」と、ちゃんと告白してありますから。

コメント

_ 花うさぎ ― 2011-02-08 07:48:29

これはおもしろい。仮名手本忠臣蔵の「とがなくてしす」みたいですね。
普通に考えたら、遊女が遊女のまま出産することはあるのでしょうか。
そのまえにどうにか処理してしまいそうですが。

>読む人もバカばかりじゃないので、概ねインチキだとわかった上で買い

数年前、「ありがとう」と水に声をかけると、美しい結晶の氷になるという珍説がはやりました。バカとも思えない方々までが、まことしやかにその説を引用していて、いったいどうしたことかと訝しく思いましたが、あれはいったい何だったのでしょうね。

_ T.Fujimoto ― 2011-02-10 23:59:00

花うさぎさん、おもしろいでしょう。
三田村鳶魚が別の文章で書いていますが、「極めて平凡な嘘が、絶えず瓦版で読売になってもいた」そうです。そして、「江戸の人間は、武士といわず、町人といわず、皆嘘が好きで嘘を楽しんだと言ったら、昔は馬鹿が揃っていたのだから、(略)今日の人間が思うだろう。ところがおもしろい。東京の人間がもし江戸を笑ったら、大変困らなければなるまい。」とも書いています。
というのは、明治や大正になった後、例えば「四百年前の伊太利人某が推測したとやら」の「紀元千八百八十一年十一月十五日」の世界転覆説に、多くの人が惑乱されて発狂したりし、資産を売り払い、「自暴自棄する者もいた」そうです。
江戸時代としても古い種類の風説式の嘘なのに、「東京ッ子が引っかかっては、面目なかろう」と、鳶魚は書きました。
巷の珍説をウソだと認識しながらあえて楽しんでいるのか、バカに思えなかった人物が思いのほかバカだったのか、そのどちらかだけ、なのかも知れません。

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