タンポポと子供2012-09-08 23:33:50

 花のなかで何が好きだと聞かれた場合、澁澤龍彦はタンポポだと答えるそうです。

 澁澤の「玩物草紙」をいま読んでいますが、桜や梅や菊などは日本古来の伝統的情緒が染みつき、牡丹や蘭は支那趣味が濃厚で、薔薇や百合も陳腐で、タンポポの、花鳥風月的な情緒によって汚染されていないところが良い、と書いています。

 汚染されていないというか、なるほど、長い間にタンポポは名前すらなく、文化人からは完全に無視されたような感じです。
 一方で、原っぱで遊ぶ子供たちは、昔からこの植物は大好きです。タンポポの名は、元々鼓を意味する小児語であったと、澁澤も柳田國男の説を引いています。


 まあ、昔から子供たちは遊びの天才であり、名付けの名人でもあります。
 柳田國男の「草の名と子供」を開くと、ほかにもたくさんの例が挙げられています。
 例えば、ウツボグサは花の形が弓の靫(うつぼ)に似ているから(http://tbbird.asablo.jp/blog/2010/07/19/5226586)ですが、子供たちは靫など見たことがなく、愛媛県の上浮穴郡では「ネコの枕」、長野県の埴科郡などでは「蛇の枕」で呼んでいたそうです。
 アザミ(薊)は山口県の柳井では「ウサギ草」、カタバミは岩手、秋田あたりでは「雀の袴」、彼岸花を奈良県北部の子供たちは「狐のカミソリ」だと呼んでいるそうです。

 英語の「Dandelion」はフランス語の「dent de lion」から、つまり「ライオンの歯」です。タンポポの葉のぎざぎざしたところからの連想でしょうが、もしかしてこれも子供たちが考え出した名前かも知れません。

 タンポポのもっともタンポポたる特徴は、言うまでもなく、あの小さな冠毛のふわふわしたところ、ふっと吹けば、風に乗ってぱらぱらになって飛んでゆく、あの軽い鞠のような球体なのでしょう。
 童話「The Story of Dandelion (The Bag of Gold)」の最後、妖精が "Dandelion will make children happy."と言い、ゆえに子供たちはタンポポが好き、だと結んでいます。


 親友の影響もあり、僕も若い頃はタンポポが大好きになっていました。
 恥ずかしいながら、中国語で詩とも歌とも付かない変なものを書いたこともあります(http://tbbird.asablo.jp/blog/2007/03/31/1357564)。

 しかし思えば、これこそつまらぬ「花鳥風月的な情緒」に陥ってしまっていたかも知れません。
 「たんぽぽ花咲り三々五々、五々は黄に三々は白し」と歌ったのは蕪村です。
 単純な描写は子供たちの観察眼に通じ、少なくとも野に咲く小さなタンポポには、これがちょうど良い塩梅なのでしょう。