【メモ】NEOの追跡 ― 2013-11-10 22:49:01
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最近ではスマートフォンにも、画素数が1000万以上のカメラがあたりまえのように搭載されています。なかには2000千万画素を超えるものもあります。正直、スマホやパソコン上で表示するだけなら、そこまでのスペックが本当に必要なのかと、まず思ってしまいます。
もちろん用途が違えば、細かい画像が必要になるカメラもあります。
東京オリンピックの頃には、すでにチリで稼動開始になっているはずの大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(http://www.lsst.org/lsst/science/concept_camera)は、口径8.4mの望遠鏡に3ギガピクセルのデジタルカメラを取り付けるようです。
3ギガピクセル、つまり30億画素ですね。
この途方もなくでかいシステムを用い、最終的に直径140m以上のNEO(地球に接近する小惑星や彗星など、地球近傍天体のこと)の大半を特定・リストする計画です。
現在NASAでは直径1km超のNEOの90%を特定・リストしているだけなので、大きな進歩だと言えましょう。
しかし、今年の2月、ロシアのチェリャビンスク上空を通過し、衝撃波等で大きな物的、人的被害をもたらした隕石は、直径が17mほどだったそうです。
これほどの天体が陸地に墜落するのは100年に一度だと言われたりしますが、体系的に追跡するにはまだ小さすぎて、そして地球のまわりに多すぎるようです。
最近ではスマートフォンにも、画素数が1000万以上のカメラがあたりまえのように搭載されています。なかには2000千万画素を超えるものもあります。正直、スマホやパソコン上で表示するだけなら、そこまでのスペックが本当に必要なのかと、まず思ってしまいます。
もちろん用途が違えば、細かい画像が必要になるカメラもあります。
東京オリンピックの頃には、すでにチリで稼動開始になっているはずの大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(http://www.lsst.org/lsst/science/concept_camera)は、口径8.4mの望遠鏡に3ギガピクセルのデジタルカメラを取り付けるようです。
3ギガピクセル、つまり30億画素ですね。
この途方もなくでかいシステムを用い、最終的に直径140m以上のNEO(地球に接近する小惑星や彗星など、地球近傍天体のこと)の大半を特定・リストする計画です。
現在NASAでは直径1km超のNEOの90%を特定・リストしているだけなので、大きな進歩だと言えましょう。
しかし、今年の2月、ロシアのチェリャビンスク上空を通過し、衝撃波等で大きな物的、人的被害をもたらした隕石は、直径が17mほどだったそうです。
これほどの天体が陸地に墜落するのは100年に一度だと言われたりしますが、体系的に追跡するにはまだ小さすぎて、そして地球のまわりに多すぎるようです。
昔の入試問題 ― 2013-11-13 23:14:09
英文和訳。
「This gallant officer set an example of cheerfulness and resolution beyond all praise, and there is little doubt that, but for his personal example of courage, the battle would have been lost.」
8月頃の「週刊朝日」に掲載されていますが、これは1919年(大正8年)「海軍兵学校入学試験問題」だそうです。
1930年(昭和5年)度海軍兵学校の国語試験問題もあります:
「吾人は日本国民の一員として世界の(キョウラン)怒涛の中に(キツリツ)して、いかにしてこの大日本帝国の国性を維持し、発揚し発展せしむべきかについて熟図せねばならぬ。しかしていわゆる世界の大勢に(ジュンオウ)するは、唯これがためである。(ジガ)を(ボッキャク)せんがためではない。」
カナの箇所を漢字に改めて書け、という問題ですが、「狂瀾怒涛」とかを、昔の人は簡単に書けたのでしょうか。
昔の試験問題は難しかった、というのをここで言わんとしているわけではなく、記事のタイトルは「軍国主義の色をおびる試験問題」です。
「昭和に入って加速した軍部の暴走と政府の失政は、悲惨な結果を招いた。その責任を負う多くの人物が、日本軍の試験に”合格”して、世に出たのだ。...(中略)...平和の意味をいま一度噛みしめるべきだろう。」と戒めて、週刊朝日の記事が結ばれました。
「This gallant officer set an example of cheerfulness and resolution beyond all praise, and there is little doubt that, but for his personal example of courage, the battle would have been lost.」
8月頃の「週刊朝日」に掲載されていますが、これは1919年(大正8年)「海軍兵学校入学試験問題」だそうです。
1930年(昭和5年)度海軍兵学校の国語試験問題もあります:
「吾人は日本国民の一員として世界の(キョウラン)怒涛の中に(キツリツ)して、いかにしてこの大日本帝国の国性を維持し、発揚し発展せしむべきかについて熟図せねばならぬ。しかしていわゆる世界の大勢に(ジュンオウ)するは、唯これがためである。(ジガ)を(ボッキャク)せんがためではない。」
カナの箇所を漢字に改めて書け、という問題ですが、「狂瀾怒涛」とかを、昔の人は簡単に書けたのでしょうか。
昔の試験問題は難しかった、というのをここで言わんとしているわけではなく、記事のタイトルは「軍国主義の色をおびる試験問題」です。
「昭和に入って加速した軍部の暴走と政府の失政は、悲惨な結果を招いた。その責任を負う多くの人物が、日本軍の試験に”合格”して、世に出たのだ。...(中略)...平和の意味をいま一度噛みしめるべきだろう。」と戒めて、週刊朝日の記事が結ばれました。
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