豊年虫2014-09-20 09:57:56

 先日、仙台市広瀬川の橋でカゲロウが大量発生するニュースを、テレビで見ました。
<http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20140918-00000009-nnn-soci>

 気持ち悪い、と通行人は口にしますが、カゲロウが大発生した年は豊年になるという言い伝えがあり、信州戸倉温泉、上山田温泉辺りの地域ではカゲロウのことを「豊年虫」と呼ぶそうです。


 志賀直哉に、「豊年虫」という短編があります。
 以下、その引用ですが、どうやら条件が整えば、カゲロウは大発生することがあるようです。
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 自動車は千曲川の長い橋にかかった。橋板がカタカタとけたたましい響を立てた。
 「えらい豊年虫だぜ。恰で雪のやうだ」今まで黙つてゐた運転手が前を向いたままいった。みんな窓の外を見る。橋には二十間おき位に電柱が立つてゐ、それに電燈がついてゐた。そして此所でも無数の蜉蝣がその燈の周りに渦巻いてゐた。一つ、又一つ二三丁先まで何本かある電柱には総てその渦巻があった。
 誰もゐない暗い夜、此所を先途と夢中に渦巻く虫の群を眺めるのは一種不思議な感じがした。虫は川の真中に近づくほど多かつた。そしてその電燈の下には二三寸の厚さにそれが積もってゐた。自動車の通つたあとを見ると雪と変わらぬ轍の跡が残つてゐた。
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 カゲロウの成虫は体が細長く、弱弱しく、生きる時間が短いです。
 中国では古くから、詩経の「曹風」に歌われています:

  蜉蝣之羽 衣裳楚楚。 心之憂矣 於我歸處?
  蜉蝣之翼 采採衣服。 心之憂矣 於我歸息?
  蜉蝣掘閱 麻衣如雪。 心之憂矣 於我歸說?

 学名はギリシャ語からで「ephemera」、すなわち「一日限りの命の虫」です。ドイツ語の「Eintagsfliegen」も、同じような意味でしょう。
 カゲロウの腹の中には空気が詰まっていて、そもそも口器を動かす筋肉すら退化して、何も食べることができず、数時間、せいぜい数日で死にます。その短い時間、オスたちは狂ったように群飛し、群れに紛れ込んだメスと交尾します。
 「荀子」大略篇にも「不飲不食者蜉蝣也」 とあり、東西とも古より知られている事実です。
 まさに命短し、恋にうつつをぬかし、食べている暇など、あるわけないです。


 いや、種類によって差があるものの、カゲロウの幼虫は川のなかに生き、石にへばりつき、淀みにひそみ、藻や腐った落ち葉を食して育ち、長いものは成虫までに三年もかかります。
 ぱっと華やかに燃え尽きようにも、長い長い下積みの準備期間が必要でした。