【競馬史四方山話】オーストラリア、オーストラリアン、ウエストオーストラリアンほか2014-07-19 23:49:44

 6月28日のアイリッシュダービーは、わずか5頭の出走馬のなかから、一番人気のオーストラリア(Australia)が直線で楽々と抜け出し、快勝しました。
 オーストラリアはエプソムダービーも勝っていたので、これで英愛ダービー連覇を達成したことになり、凱旋門賞の前売りオッズでも一番人気に躍り出ています。

 オーストラリアはアイルランドの名伯楽エイダン・オブライエン厩舎の調教馬です。その父はいまをときめく名種牡馬ガリレオ(Galileo)ですが、ガリレオも確かに現役時はオブライエン厩舎に所属していて、2001年にやはり英愛ダービー連覇を成し遂げていました。
 オーストラリアの母は、2004年、2006年欧州年度代表馬(カルティエ賞)に選ばれた名牝ウイジャボード(Ouija Board)です。ウイジャボードも、2004年の英国オークス、アイリッシュオークスを連勝していました。

 ウイジャボードの馬主は第19代ダービー伯爵エドワード・スタンリーです。馬名の由来は祖母Ouijaと母Selection Boardからの連想だと思われます。
 ウィジャボードは2005年のジャパンカップ(5着)後、香港国際競走に転戦し、その年の香港ヴァーズを勝っています。香港のレースで出走する際は漢字の馬名も付けられますが、ウィジャボードの香港名表記は「占卜」です。

 ウィジャボードとは、降霊術もしくは心霊術を崩した娯楽のために用いる文字版のことですが、日本における「コックリさん」の西洋版みたいなもののようです。
 カードゲームの「遊戯王」にも「ウィジャ盤」という罠カードがありますが、実は英語版だと「Ouija Board」ではなく、「Destiny Board」になっています。もしかして版権の関係かも知れません。

 Selection Boardの母はSamanda、希代の名ステイヤーであるアリシドン(Alycidon)の娘ですが、アリシドンの生産者および最初のオーナーは第17代ダービー伯爵となっています。

 ウィジャボードが2008年に出産した初仔は、父がキングマンボ(Kingmambo)で、Our Voodoo Princeと名付けられました。ブードゥー教の王子という馬名も、母馬の名前からインスパイアされたのでしょう。
 Our Voodoo Princeはヨーロッパでは芽が出なかったが、後にオーストラリアに移籍して、今年になってオーストラリアでG3の重賞を勝ちました。
 3歳年下の弟はオーストラリアと名づけられ、2歳時から評判が高く、大変な良血馬だし、これからも活躍が期待されます。


 ダービー馬でオーストラリアと言えば、やはりウエストオーストラリアン(West Australian)が思い出されます。

 ウエストオーストラリアンは1850年、英国のストリートラム・キャッスル牧場で生まれた牡馬です。デビュー戦の2着を除けば、2走目以降は10戦全勝という素晴らしい成績をあげ、最初のクラシック三冠馬にもなった名馬です。
 この馬名は、父のメルボルン(Melbourne)に因んだものだと思われ、現役時は競馬ファンから「ザ・ウエスト」の愛称で呼ばれていたそうです。
 ウエストオーストラリアンは19世紀を代表する名馬で、最初の三冠馬がこのような名馬であることは、むしろ三冠レースそのものが大きな評判を得るのに幸運であったと言うべきかも知れません。

 競走成績に比較すると、ウエストオーストラリアンの種牡馬としての成績は不振だと言っても良いかも知れません。それでも、その子供のオーストラリアン(Australian)がアメリカに渡って、種牡馬として成功し、その血統を残しています。

 オーストラリアンの娘Maggie B.B.(http://www.tbheritage.com/Portraits/MaggieBB.html)から、最初の北米産の英国ダービー馬イロコイ(Iroquois)が生まれています。
 また、オーストラリアンはスペンドスリフト(Spendthrift)も輩出し、スペンドスリフトの孫にフェアプレイ(Fair Play)がいて、フェアプレイの仔には、あのマンノウォー(Man O' War)がいます。

 マンノウォーはいまさら言うまでもないほどの歴史的名馬であり、生涯成績は21戦20勝です。
 1999年にブラッド・ホース誌編集部が「20世紀米国の100名馬」を順位付きで選出したが、第1位がマンノウォーでした。また、サラブレッド・レコード誌が1973年に行われた「歴代名馬ベスト10アンケート」でも、サイテーション、セクレタリアト、ケルソを抑えて、マンノウォーが堂々の第1位に選ばれています。

 ウエストオーストラリアンは最初の英国三冠馬であるなら、マンノウォーは最初の米国三冠馬だと言われています
 と言ってもこの時代では、ウイザーズS、ベルモンドS、ローレンスレアリゼーションSというイギリス型の旧三冠レースがまだ残っていました。 戦争不況によって旧三冠レースに入っていたウイザーズSなどは、1着賞金が五千ドルにも満たない状態になった一方、カントリーサイドのケンタッキー・ダービー、プリクネスSは、1着賞金が二万ドルを超えることになっていました。
 こうして米国の三冠レースが入れ替わることになりますが、最初の新三冠馬マンノウォーは、実は旧三冠レース(ベルモンドSが重複)もすべて勝っているので、最後の旧三冠馬だと言っても良いかも知れません。