老婆姿の人魚2013-09-24 22:47:19

 横田順彌の「明治の夢工房」(潮出版社)を読んでいますが、「明治の広告は謎の宝庫」の章で、明治42年8月号の「探検世界」に掲載されている、「懐中要薬 清心丹」なる薬の広告を引いています。

 作者によると、
 「この『清心丹』は、よく判らない薬だ。ここの書いてある効能を読むと、胃腸薬のようでもあるのだが、別の広告の文章を読むと、『心思鬱憂』『頭痛』『眩暈たちくらむ』『痰咳』『中暑』『中寒』と、なんでも効いてしまう。」
 「ところが首をかしげさせられるのは、登録商標のほうだ。これも人魚なのだが、なぜか、お婆さんの人魚で、しわくちゃの顔をして、しなびたバストをさらけ出している。これが判らない。どうして登録商標に、こんな年寄り人魚を使っているのか?『清心丹』を飲まないと、こんなになってしまうぞ、というのだろうか。」


 確かに、西洋の人魚姫の絵画を見ると、どれも若い娘の姿です。15歳になると人魚姫は海から浮かび上がり、月の光を浴びることが許される、とは書かれても、その50年後にどうなるかは、滅多には触れられていないようです。年を取る生き物なら、お婆さんの人魚がいて当然ですが。

 漫画「ワンピース」では、人魚族の女性は30歳を過ぎると、尾ひれが二股になって、普通の人間のように二足歩行で陸上生活のできる体になる、という設定になっています。
 作者は、年増の人魚を描きたくないから、と確かにどこかで読んだ記憶があります。なんとも男性作者の勝手なエゴです。


 ネットで探してみたら、筑摩書房版「明治文学全集」第26巻に、「一夜漬け人魚甘鹽」という話が収録されているようです:
 「釣り好きな仁太郎が隅田川で人魚を釣り上げ、夫婦となり、お花という娘をもうける。お花は老女のような姿で生まれ、一年ごとに若くなり、今年で十七八歳という時に、船から川へ落ちた半七という若者を救い、夫婦となる。半七が年取るとお花は若くなるという境遇を嘆き、二人で心中しようとした矢先、人魚の母が我が身を不老不死の肉として若夫婦に捧げる。 」

 生まれたときが老女で一年ごと若くなる娘が、いよいよ十七八歳の姿になるのであれば、その母親の人魚は、かなりの年齢になっているはずです。

 明治後期、東京市日本橋区元大坂町の髙木與兵衛は、婦人薬「清婦湯」と、首記の懐中薬「清心丹」の製造元ですが、その登録商標は確かに老婆姿の人魚です。
 もし上記の伝承が元であり、「不老不死の肉」に例えられるぐらいの妙薬だと宣伝するつもりなら、販売元の商標が老婆姿の人魚であって何もおかしくない、というより、老婆姿のほうが適切なのでしょう。