影武者2013-02-17 22:13:07

 韓国映画の「王になった男」は、先週末からロードショーが始まりました。僕は見ていませんが、聞けば、朝鮮時代に王の身代わりになったひとりの賤民を主役に据え、気難しく乱暴だった王とは違う人間味のある王の姿を見せた話だそうです。

 で、思い出したのは、隆慶一郎の「影武者徳川家康」です。


 1902年、徳富蘇峰の民友社から「史疑」という本が刊行され、初刷500冊はたちまち売り切れたが、以降はまったく増刷されなかったそうです。というのも、本が出たすぐに徳川家の子孫たちが買いあさり、そして圧力かけてすぐに絶版させた、という噂です。
 作者は村岡素一郎です。
 新田義貞の子孫の江田松本坊という流浪の僧が駿府に来て、源応尼という巫子の娘と関係し、その男女の間に徳川家康が生まれました。家康は小さいうちに銭5貫で駿府八幡小路の願人坊主に売られ、決して今川家の人質というような身分ある武士の子ではない、というのが「史疑」の主張です。

 丸谷才一によれば、隆慶一郎は「史疑」に触発され、「影武者徳川家康」を書きましたが、ここで銭5貫で願人坊主に売られたのは本物の徳川家康でなく、その影武者だった男、という設定になっています。
 関ヶ原の乱戦のなか、本物の家康が殺されて、影武者がやむを得ずそのまま指揮を取り、ついそのまま本物にさせられました。
 本物の家康が子供嫌いだったのに対して、影武者のほうは子供が好きで、ゆえに側室たちの人気を博した、という挿話もありました。
 徳川家康になった元影武者の男が、最晩年になって、近い家臣についに語ってしまった幼い時の実話が記録に残り、それを発掘して本にしたのが村岡素一郎、という推測なのでしょう。

 なかなかおもしろいものです。


 The Beatalsのポール・マッカートニーと言えば、Sirの称号を贈られ、ギネスにポピュラー音楽史上最も成功した作曲家と認定されましたが、実は影武者であるという説を、僕は高校生の頃に読みました。
 細かくは覚えていませんが、1966年11月、ポール・マッカートニーは自動車事故で重傷を負って入院しましたが、実はそのとき、彼は死んでしまいました。残されたメンバーは人気の凋落を恐れ、カナダ人の某をポールの影武者に仕立てた、という話だったと思います。
 まあ、いわゆる都市伝説の部類でしょう。

 しかし、徳川家康の話もそうですが、事実だとしても、後々までの彼らの活躍を見ると、影武者のほうにむしろ才能があったかも知れません。


 ところで、「影武者」を中国語では何と言うのでしょうか?

 替身?
 漢高祖の例など、中国の歴史上にも影武者がたくさん存在したが、それを的確に表す言葉が存在しない、と丸谷才一がそのエッセイに書いています。