イラヌコトイウナ、○オクレ2012-04-04 22:35:04

 電話を発明した人は誰かと聞かれたら、グラハム・ベルだと答える人が多いかと思いますが、実は同時期に似たような発明、発見が多い事柄の代表例だと言っても良いぐらい、電話の発明者を明確に特定するうえ、疑念がたくさんあります。

 そもそもベルの特許の表題は「電信機の改良」となっており、「音楽またはその他の音」を伝送できる、としていますが、「電話機」という言葉は見当たらないし、言葉を伝えることも明記していませんでした。
 しかも、1876年のバレタインデーに、ベルの代理人ハバートがワシントンの特許局に特許を申請してから、わずかに2,3時間後に、イライシャ・グレイが言葉を伝達できる電話機に関する「特許予告記載」を提出したそうです。

 それでも、手元の「ユニバーサル・サービス」(林紘一郎、田川義博共著、中公新書)によれば、「公平に見るならば、実際に電話を発明したのはベルである、と言ってよいだろう。」とあります。グレイの特許は構想上のペーパー・マシンに過ぎず、「特許予告記載」を提出したときも、その後何ヶ月かかっても実作に成功していなかったようです。

 ベルの特許が「電信機の改良」になっていたのは、当時の主流技術はあくまでも「電信」、すなわち電報だったことを物語っています。
 19世紀はもちろん、アメリカの電報通数を調べると、1940年代までは増加を続けていました。電話が発明された後も、基本的に市内通話がほとんどで、市外通信は電報によっていた時代が長かったようです。

 後に「AT&Tの歴史に燦然と輝いている最も偉大なる勝利」だとされている、当時電信事業最大手のウェスタン・ユニオンとの特許紛争和解において、ウェスタン・ユニオン側が「今後17年間、電話事業を行わない」の条約を呑んだのも、ベル側がお金がを支払っただけでなく、「ベル側は電信事業に参入せず」という条文が付いたからでしょう。
 電報の市場が、すべて電話に取って代えられることはない、という判断だったかも知れません。


 ほとんど慶弔用にしか使われなくなったかと思いますが、電話やメールがこれほど普及している今日、電報という仕組みがまだ生き残っているのは、考えて見れば、むしろ不思議です。

 しかし、1870年の東京-横浜間のサービス開始以来、少なくとも高度成長期に差し掛かる頃まで、日本で電報がすこぶる重宝され、しきりに利用されていたのは、紛れもない事実です。
 「チチキトク」とか、「○オクレ」とか、電報は一字いくらという形で値段が決まり、しかもその費用が高く(しかも濁音が二字分になっていた)、短文ばかりです。

 名横綱・双葉山の「イマダモッケイタリエズ」(http://tbbird.asablo.jp/blog/2009/10/07/4619567)は、名電文だと称しても良いか思います。

 もうひとつ、丸谷才一のエッセイ集を読んで出てきた話ですが、1876年(明治9年)、神風連の乱のときに芸者の小勝が打った電報は、人気を博していたようです。

 「神風連の乱」は知られているように、熊本の士族二百余人が鎮台司令官種田政明少将、県令安岡良亮を襲って殺害した事件です。政明とねんごろの関係だった日本橋芸者の小勝も、暴徒に抵抗して手を負傷しましたが、東京の父親のところへ電報を発し、急を告げました。
 「ダンナハイケナイ ワタシハテキズ」

 当時の花形作者、仮名垣魯文はこれに加筆して、
 「旦那はいけない、わたしは手傷、代りたいぞえ国のため」
 という都々逸を作り、一世風靡したそうです。

  いろいろな略が発達していましたが、ありきたりな形式に陥ることが多く、電報を風雅と結びつくことはなく、残念ながら、電報文学と称すべき名文はほとんどなかったようです。


 名文には程遠いですが、最も有名な電文は「○オクレイサイフミ」というものでした。
 「○」はお金の略でした。「フミ」は手紙です。つまり詳しい事情は手紙で別途説明しますので、とにかく一刻も早く金を送ってくれ、という意味の文面です。
 「オレオレ詐欺」まで発展することはなかったのでしょうか?

コメント

_ 蓮 ― 2012-04-05 11:49:30

40年前、同郷の一年後輩の女子生徒の大学入学試験結果発表を見に行き、東京から四国に「サクラサク」と打ったのがぼくの唯一の電報経験です。

_ T.Fujimoto ― 2012-04-05 23:53:14

蓮さん、こんばんは。
サクラサク、これはいいですね。電報文らしい簡潔さを備えながらもなんとなく風雅です。
背後に物語がありそうで、興味をそそられますが (^^)

40年前にはちょっとびっくりしましたが、調べてみたら、大学の合格通知に電報を使ったのは早稲田大学がルーツで、昭和31年にはすでに「サクラサク」の表現を使っていたそうですね。

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