大筍五本2011-05-07 11:31:00

 いつの間にか立夏となりましたが、冬の小雨と春の低温が原因で、今年はタケノコがちょっと遅め、今になってたくさん出ていると人から聞きました。
 「雨後春筍」と熟語にありますが、そもそもタケノコは歳時記のうえでは夏の食べ物、俳句だと夏の季語になります。


 「筍が竹とならんず梅雨晴れの山いつぱいにひそめる力」

 これは大正期の歌人・岩谷莫哀の歌で、国会図書館近代デジタルライブラリーで見付けました(<http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018239>)。シンプルですが、山いっぱいに力を貯めている出ようとするタケノコが見えてきそうで、僕にはおもしろいです。
 これも梅雨晴れのときに詠んだものですね。

 京都の早掘りなど、春先どころか寒中からタケノコは食べられます。
 「その味は出盛りの季節の美味ではないが、これはこれで一種捨てがたい風味があって、十分珍重に価する。」と、食通で知られる北大路魯山人は言っていました。


 中国浙西省の溪口鎮は竹林とタケノコの生産で知られています。規模では較べようもないかと思いますが、台湾嘉義縣の溪口郷にも竹林があって、やはりタケノコが名産のひとつになっています。
 幼いとき、親に連れられて一泊の旅に行ったことがありますが、早朝の霧のなかの竹林の幽玄なこと、昼に食べた筍つくし料理の美味なこと、どっちも忘れられません。
 そのとき食べたのは、ほとんどは真竹だったと思います。

 日本でいま食されるタケノコは、例の二十四孝の孟宗に因む孟宗竹がほとんどですが、そこまで肉厚でない真竹の筍も、野趣があって美味しいと思います。
 そもそも孟宗竹は、文久元年琉球を経由して中国より伝来したそうで、その前の時代だと、例えば其角が読んだ「老僧の筍をかむなみだ哉」なども、孟宗竹ではなく、たぶん真竹だと思われます。
 真竹は孟宗竹より季節が遅く、昔の歳時記で夏に分類するのも合点がいきます。


 江戸初期はというと、こちらも孟宗竹ではなかったと思いますが、木下長嘯子が石川丈山に筍を送り、しゃれた和歌を付けた話は、なかなかおもしろいと思います。

 「谷のかけ 軒のなてしこ 今さきつ
  常より君を くやと待ける」

 「たけのこいつゝをくるといふを句の上下をきて 石川丈山翁のもとへつかはしける」ともあるので、これは五七五七七のそれぞれの句の上下一字ずつ取って、「た・け・の・こ・い・つ・つ・を・く・る」と読ませる遊びです。

 漢詩の名人で知られる石川丈山は、即座に詩を賦して返したそうです。

 「二人相連欠其一
  旬日竹友消日彩
  欲語無口亦無言
  全躰忘身何有待」

 こちらは全体が字謎、各句にひと文字ずつを当てているようです。
 例えば起句の「二人相連欠其一」は、「二」と「人」をつなげた「夫」から「一」が欠けるので、「大」という字になる、といった具合です。