馬琴の「夢に冥土」2010-09-07 01:50:38

 白行簡の文名は兄・白居易に遠く及ばないければ、「三夢記」だけはわが邦では昔から知られているようです。
 図書館で「中国文学の愉しき世界」を返却し、代わりに借りた「江戸幻想文学館」(ちくま学芸文庫、高田衛)を読み始めたところですが、ここにも「三夢記」の名が登場します。

 寛政十一年、曲亭馬琴は冥土に行った夢を見て、目がさめてみると、寝衣をとおすほどにびっしょり汗をかいていたそうです。リアルな、ほとんど日常的にさえ見えた冥府の光景を、馬琴は克明に記し、「夢に冥土」なる文綴りました。「烹雑の記」に載っているその文章は、以下のように結んでいます。
 「(小野篁の冥府巡りなど)、その事、妄誕に近しといへども、夢としいはゞ誣べからず。けふよりしてわれは信ず。白氏が三夢記、寓言にあらず。于時、巳未ノ暮春十九日、家廟を拝して自記し迄」

 夢を現実と混同してしまったわけではなさそうです。
 「けふよりしてわれは信ず。」と書かれたのは、夢を夢として、現実より時には生き生きとした、もうひとつの物語であることを信じた、ということになるようです。
 時に馬琴、三十三歳。出世作「高尾船字文」を著してから三年、読本作家として決定的な名声を博した「月氷奇縁」の五年前。
 ストレートではないですが、三夢記などはただの寓言ではないことを信じたことにより、幻想文学、怪異文学の語り手、著述家としての一歩を踏み出した、と作者の高田氏は言おうとしているようです。

 以上備忘にメモしたまですが、どうやら幻想文学に「夢」は欠かせないようです。