これも愛の風2010-05-23 22:55:45

 愛の風は、実在します。

 すでにプリニウスが「博物誌」で、雄のナツメヤシと雌のナツメヤシについて詳しく記してあるのに、動物と同じように植物にも性があることは、なぜか十数世紀にも渡って、なかなか正しく認識されていませんでした。
 植物に性があるだけでなく、動物同様に近親繁殖を嫌うものが多いのも知られています。しかしなにぶん植物はおおかた定住していて自由に動けないので、どうしても仲介者や外部の代理人が必要になります。

 「動物媒介」と呼ばれる戦略を取る植物がたくさん存在します。昆虫、鳥、あるいは人間などを運び屋として利用しますが、そのためには色鮮やかな花、甘い花蜜、もしくは大きな果実をぶら下げる必要があります。
 第二の戦略こそが風媒植物たちが取っている、「風に乗る恋」とでも言える方法です。このタイプの植物は、基本的に花は小さくて目立たないですが、その代わりに大量の花粉を作らなければなりません。確実性よりも量、鉄砲を撃ちまくる形で勝負します。

 陸の大部分の面積で、現在生態学的に支配的な位置にある植物は後者の、風を媒介で受粉する種類です。世界中の植物のうち、風を恋の代理人とするのは、種類の数は10パーセントしかならないですが、個体数で数えると生えている植物の90パーセントが風媒植物になるそうです。
 「風の博物誌」(ライアル・ワトソン)によると、ほとんどの花粉が飛ぶには最低時速10キロメートルの風が必要です。風が時速20キロメートルまで達して、気流に乗ってしまえば、平均的な花粉粒は100キロメートル離れた地点に到達することも可能です。
 ネズの花粉が出発地から480キロメートルの地点で採集された記録があります。カラマツは700キロメートル、エゾマツは1000キロメートル、一部のモミの木にいたっては1200キロメートル......

 ロマンチストなら、花粉たちの、愛を見つけるための果てしない長旅を想像して、その幸せを祈りましょう。
 面倒な花粉症を思い出したら、そういう気分にならないかも知れませんが。