獲得形質の、子孫への遺伝(1)2008-09-18 00:25:06

 ジャン・ラマルク、正確に表記すれば、ジャン=バティスト・ピエール・アントワーヌ・ド・モネ・ド・ラマルク(Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet, Chevalier de Lamarck)、というフランス人の科学者、博物学者が18世紀にいました。
 チャールズ・ダーウィンの「種の起源」より半世紀も前に、当時博物学界で上がっている諸説をまとめ、進化論に関する著書を出版していました。


 著書のなか、ラマルクは2つの重要な法則をまとめています。

 1つ目が、いわゆる「用不用説」の法則。
 発達の限界を超えていない動物であれば、如何なるものでも、頻繁かつ持続的に使用する器官は、次第に発達し、強壮になり、その力はその器官を使用した時間の比率による。これに対して、いかなる器官でも、恒常的な不使用は、僅かずつ弱々しくなり、次第にその機能上の能力がなくなって、時には消失する場合もある。

 2つ目が、「獲得形質の遺伝」の法則。
 それぞれの個体で、自然に獲得したものや失ったものの全ては、それがその品種が長い間置かれていた環境の影響によるものであっても、そしてそこから生じた特定器官の優先的な使用や恒常的な不使用の影響によるものであっても、獲得された形質が両性に共通であるか、少なくとも子供を作る個体に共通ならば、それらは、その個体の生殖による新しい個体に保持される。


 その2つ目、生物体が環境に反応して獲得した形質は、遺伝することができる、という理論は、極めて魅力的であります。
 少なくとも、ダーウィンの「突然変異」、「自然選択」あるいは「最適者生存」の理論は荒涼だと考える人達にとっては、ほとんど希望のよるところです。

 ラマルク主義者であるパウル・カンメラー(1880~1926)は書きました:
 「獲得形質を子孫に伝えることが不可能だとすれば、本当の生物進化というものも不可能になる。人はむだに生き、むだに苦しむだけだ。人が生涯をかけて獲得したものも、彼が死ねばすべて死んでしまう。彼の子も、孫も、いつも改めてどん底からスタートしなければならないのだ。」
 「もしも獲得形質が時たまでも遺伝されるなら、私たちはただもう過去の奴隷にすぎないのではなく、未来に乗り出す船長でもあることが明らかになるだろう。」
 「教育と文明、衛生と社会的努力などの業績は単に個人を利するだけではない。なぜならあらゆる行為、あらゆる言葉、いや、あらゆる思考さえ、たぶん子孫に痕跡を残すことができるだろうからである。」


 ラマルク主義がスターリンの支持を受けたため、ソビエトでは1930年代から1950年代頃、それに反論する学者の多くは迫害を受け、断罪され、処刑されたり。
 ソビエト以外の遺伝学界では、この「獲得形質の遺伝」の法則が、どんどん否定されていたにも拘わらず、です。

 カンメラーが書かれたような、絶望的な進化理論は事実です。

コメント

_ 月の光 ― 2008-09-18 20:48:02

子供たちの性格は何故違うのか?
子供たちは何を受け継いだのか?
を、観察した事がありました。
そこで感じたのは、その時の私の人間性の核と成るものが子供の性格の一要素になったのかな?と考えるに至りました。他の方々は如何なのでしょうか?

_ 花うさぎ ― 2008-09-19 00:14:26

この説だと、高齢出産のほうが、
努力した末に培われたものが引き継がれてよいということでしょうか。

うちでは、息子は性格が温和で人懐こく、
娘のほうは林黛玉みたいな難しい性格です(美貌は似ても似つかず)。

とすると、2回の出産の間に、私の素質は低下したのでしょうか。

ところで、月の光さん、何かの本で読みましたが、性格はある程度遺伝で決まるとのことでした。

_ 月の光 ― 2008-09-19 20:27:23

少し違う言い方をすると、あの時の私の思念が張り付いているとでも言うのでしょうか?
表面的な行動などでなく、ふと見せる仕草・判断などにあの時の私を感じた。と言う事です。遺伝などで受け継がれるモノとは違う感じです。

_ T.Fujimoto ― 2008-09-21 23:06:56

月の光さん、おもしろい説ですね。
仕事でもなんでも、体調がよいとき、バイオリズムが乗っているときにより良い結果が出ますよね。
理論的にはわかりませんが、感覚的には、遺伝にもなにか影響が出るかも知れませんな。

_ T.Fujimoto ― 2008-09-21 23:17:19

花うさぎさん、こんばんは。
さすがにラマルク主義者でも、1つの個体の短い生涯内に、種の進化を大きく左右するほどに獲得形質は伝わるとは、あまり考えていないようです。
速く走れるようになりたいウサギが、何世代も重ねて努力し続ければ、ちょっとずつ速くなれてしまうぐらいかと思います。
ダーウィニズムでは突然変異と自然選択しかないので、優生学でもやらない限り、人類は目指したい方向に進化しないです。それをラマルク主義者やスターリンたちが受け入れられなかったのですね。

_ T.Fujimoto ― 2008-09-22 00:29:45

月の光さん、思念が張り付いたのですか?いや、オカルトですね(^^)
ただ、クローンを作ってもまったく同じにならないため、生命はDNA塩基配列の変化だけで決まらないことが、明確になってきました。またまた神の領域は広く、なにがあるのかわからないので、この説も、理論化される可能性があると思いますよ。

_ why ― 2008-09-24 13:44:09

とても興味深い話ですね。確かに獲得形質がなければ、人類の進化は専ら突然変異に頼るのみでは、あまり期待できるものではないですね。納得のいく論理です。

「蛙の子は蛙」はダーウィニズムならば、「法官的児子 是法官」はラマルク主義でしょうか。となると、「鳶が鷹を生む」は両方が作用している可能性がありますね。

やや範囲の狭い話になりますが、一人の人間の行動様式や成長過程を考察する場合は、パウル・カンメラーの主張のように、獲得形質で親や先祖から受け継がれるものもあるのでしょうが、それ以外に、「潜移黙化」や「耳渲目染」のような身近の環境からの影響もかなりの程度、作用しているのではないでしょうか。

昔の同級生に、親が演奏家で自身も音楽の道に進んだ子と、義理の兄(お姉さんのご主人)が画家だった影響で美術を専攻した子がそれぞれいました。内なる作用と外力による作用が同じ役割を果たしたことになりますね。(ちょっと話が飛躍したのかしら。)

先日、仕事の関係でこの方のことを調べたら、興味深いことが分かりました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%B0%BE%E5%90%89%E5%AD%9D
徳を唱えるのも先祖から受け継いだものが息づいているというきちんとした根拠があったものですね。

私はだから、ラマルク主義に一票。

_ why ― 2008-09-24 14:07:09

生命遺伝学は面白そうな学問ですね。聞きかじった僅かな知識は柳澤桂子さんの本で得たものがほとんどですが、分かりやすい本を何冊も出しているので、もしまだ未読でしたら、ぜひお薦めします。
命の秘密を知り尽くしたような彼女が、晩年になってキリスト教に帰依したことは興味深いものです。

_ T.Fujimoto ― 2008-09-25 00:30:11

whyさん、人間性の形成が環境の影響を受けるのは、たぶんダーウィニズムの人も、ラマルキズムの人も、きっと否定はしないと思います。

争点は、そうした環境の陶冶や個人の努力結果が、果たして後世に遺伝するかどうかです。つまり人類全体から見て各個体の獲得形質は蓄積できるか、それとも突然変異が起きない限り、どの個体も生まれたときは、「どん底からスタート」しなければならないのか、ですね。
(社会環境が違うので、どん底からスタートとしても、使うツールや辿る道筋が異なるのは当然ですが。)

心情論的な話はともかく、専門家の研究結果を見る限り、ラマルク主義はかなり情勢が不利のようです。

_ T.Fujimoto ― 2008-09-25 00:39:24

whyさん、だいぶ前にも柳澤桂子さんの話をされましたね。
いま手元にあるのは1冊だけですが、柳澤桂子さんの著書は何冊か読みました。わかりやすい説明だけでなく、詩を引用したりする文章も素敵で、大変優れたサイエンスライターだと思います。
そういえば、旦那さんもwhyさんから推奨されましたが、そちらはすみません、まだ縁がなく、未読です。

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