【馬関係の本】「風の伝説 ~ターフを駆け抜けた栄光と死」(広見直樹)2008-05-05 23:28:24

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 図書館より拝借した幸田文の随筆集「雀の手帖」を読んでいると、「尾花栗毛」というタイトルの文章に出会いました。

 自然と人情の繋がりを説いた素敵な短文でしたが、「たれこめて灰色の低い空である。風浪立っている海を見おろして、広漠たる無人の秋の放牧場である。まちがいなくあの色の馬が一頭きり、だあっと勇んで鬣もしっぽも振い靡かせて走っていた。ぼけた尾花いろは鉛いろの空の寂しさと、凄い海をおさえてなんと優秀だったか。」のくだりに至るや、ほとんど目の前にその光景が浮かんできて、抑えられないある種の感動を覚えました。

 尾花栗毛の馬は、馬群のなかで走っていても、抜けて美しいものです。
 その神々しいまでの美しい姿を、初めて僕の目の前に披露したのは、ゴルードシチーだったと思います。


 題記の「風の伝説」は、実は同じく先週、図書館に見かけました。
 我が家の本棚にも置いてある一冊で、懐かしくなって、久々に引っ張り出して読み直しました。
 巻末に、1991年5月18日購入、との筆跡が残っているので、1991年3月26日の発行日からあまり日時を経たずに買っていたようです。(僕には、割と珍しいことです)

 この本は、1984年生まれ、1987年のクラシックを賑わった3頭の馬、サクラスターオー、マティリアル、そしてゴールドシチーを取り上げたノーフィクションです。

 この世代のダービー馬・メリーナイスや遅れて大成したヒーロー・タマモクロスを含めず、上記の3頭を取り上げていくと、競馬ファンなら先刻承知でしょうが、どうにも悲しい話になってしまいます。


 サクラスターオーは皐月賞を勝ったあと怪我をしてしまい、ダービーに出走できず、クラシック最後の菊花賞にもぶっつけで出ることになりました。その久々のレースでなんと奇跡的な勝利を挙げ、杉本清アナに「菊の季節にサクラが満開!」の名文句を吐かせましたが、次の有馬記念ではレース中に再び足を折ってしまい、あっけなく亡くなってしまった名馬です。

 マティリアルは、皐月賞前のトライアルで後方からすごい追い込みを決め、競馬ファンの心を捉えて、皐月賞もダービーも1番人気に支持された馬です。ところが、マティリアルはずっと負け続けました。ようやく2年半ぶりの勝星を得たのは1989年のオータムハンデでしたが、そのレース後、ゴールを過ぎた百メートルあたりで、彼も脚を折ってしまいました。手術の甲斐無く、サクラスターオーのあとを追って天国に駆け上りました。

 3頭のなか、あの尾花栗毛のゴールドシチーだけは、無事に競走生活を終えました。但し、元々血統的に見るべきものが乏しく、皐月賞と菊花賞の両方でサクラスターオーの2着に入って健闘しましたが、大きなタイトルに届かなかったため、種牡馬にはなれませんでした。馬術の障害馬、もしくは誘導馬を目指して、宮崎競馬場で訓練を受けたとき、やはりひどい骨折から、安楽死処分を受けることに至りました。


 この本ではゴールドシチーの骨折を、「自殺」に近いシチュエーションで描いています。その真偽は、作者も言っていますが、むろんわかりません。
 但し、いずれにしても、3頭はいずれも妖しい運命のいたずらのなか、劇的で悲運な生涯を送ったサラブレッドだと言えましょう。

 悲運の馬は、競馬というスポーツが持つ残酷な一面を映し出す鏡であったり、もっと広く、運命や輪廻そのものの不条理さを語ってくれる存在であったりします。