【読後感】「パリ歴史探偵術」 宮下至朗著2007-08-26 17:34:54

 講談社現代新書の1冊です。

 16世紀なかばに作られた手彩色の「バーゼルのパリ図」や、140年前のガイド・ブック「パリ・ディアマン・1867年版」を片手に、あるいはゾラ、プルーストの小説、モネ、ルノワールの絵画を思い浮かべながら、現代のパリを探検するという試みは、実にナイスなアイディアです。

 何気ない坂や階段は、かつて城壁を囲むお堀の斜面だったり、ヴラマンクが描くレストラン「マシーン」がペルシャ絨毯の店に様変わりしたり、パリ市内に点在する「モーリス広告塔」は、むかし公衆トイレに広告が付き、さらに本来の目的であるトイレ機能が退化した結果だったりすることに気づき、なるほどと頷いてしまいます。


 特に古いガイドブックの紹介が、僕にはおもしろかったです。

 パリの乗り合い馬車は、1867年版のガイドブックによると、31路線あったそうです。
 アルファベット、車体の色等で区別でき、乗り替えキップをもらえば、追加料金なしでほかの路線に乗り替えられるとのことですが、このシステムは、少なくともちょっと前の日本の市電や台湾のバスにもありました。

 乗り合い馬車が現代の公共バスなら、辻バスは現代のタクシーに似ています。
 辻馬車の料金表も1867年版のガイドブックにも掲載され、小型と中型などで料金が異なったり、零時を過ぎた以降の深夜割り増しが必要だったり、いまのタクシーのシステムと大差がないようです。
 もちろん、メーターはないですので、5分きざみで料金があがる、という完全時間制でした。

 写真の技術が発明されて、19世紀中葉以降にブームが起き、パリの写真館数は1851年に29軒だったのが、5年後には161軒、さらに5年後には約800軒にと、爆発的に増えていたそうです。
 ガイドブックでは「肖像写真」「風景・建築物の写真」「立体写真」「馬の写真」「ギャラリー」の5項目に分類していました。
 馬の写真が独立した項目をなすのは興味深いですが、馬車の項にある通り、パリでは最盛期に一万頭以上の馬が公共輸送で活躍していたし、それぐらい身近かつ重要な存在だったのでしょう。


 歴史ある町は、あの道の曲がりくねった様にさえ意味が隠され、いかにも人が暮らしてきた痕跡です。
 パリともなるとさすがに遠くて、自分では簡単に行けないですが、こういう話では、きっと日本の町だって同じです。

 いにしえの面影をさぐり、現代の町を歩きます。そこに生きていた人たちの息吹に、ちょっとだけでも触れることができれば、楽しい旅はなお一層おもしろくなるのでしょう。