【馬関係の本】「サラブレッドの誕生 (山野浩一 著)2007-07-05 23:44:49

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 いよいよメインディッシュとでも言いましょうか。
 競馬文化界最高峰である山野浩一先生の名作、朝日新聞社から発行された「サラブレッドの誕生」です。


 1990年のJRA馬事文化賞を受賞された作品です。
 同じ年に賞を分け合った、白井透さん(サラブレッド血統センター)が編纂した「ファミリーテーブル」は、超大作の血統資料であるのに比べると、「サラブレッドの誕生」のほうは、見た目も普通な、200ページぐらいの新書です。

 しかし、内容は凄いです。
 15年前初めて読み終えたとき、まさに感動で震えが止まらなかった、と記憶しています。


 編成は、この類の本としてはよくあるパターンで、第1部は「サラブレッド前史」と題し、化石にしか残っていないエクウス、カバルスから、アラブ馬、サラブレッドへと述べています。

 ここで、軽種馬の歴史上重要な存在である、スペイン乗馬学校(スパニシュ・ライトシューレ)のリピッツァナー種、プロイセンのトラケナー種をきちんと扱っているあたりは、さすがです。
 一般イギリスやオーストラリアで書かれているサラブレッドの研究書は、最初からサラブレッドが最良な品種であるかのように書いていますが、山野先生はしかし、エクリップスのような馬が、当時の世界で桁外れした速い競走馬であるわけがないと、明確に指摘しています。


 第2部は「競馬の冒険」という題名ですが、「冒険」という言葉を選んだところに特色がよく出ていると思います。
 競馬というゲームを道具に、民間主体で配合を発展してきたイギリスのサラブレッドが、政府による大規模で画一的な生産を行ったドイツのトラケナーを凌駕した理由は、デモクラシーと、その具現であるスペキュレーションであると、ここでは説いています。

 占いと賭の権利こそデモクラシーの基本。人間は様々な「賭」を行って、多くの失敗とともに大きな繁栄を掴んだ動物であると言っているようです。
 一見やや奇抜でおもしろい論点ですが、考えれば、かなり賛同できる説ではあります。
 ギャンブル(ゲームと同語源)は、未知な物に対する選択・投資、およびその選択の成功に対して報酬を得るシステムであり、広く見れば、人類の進化・発展に大きく寄与している要因になっているのは、ほぼ間違いないと想われます。


 しかし、このおもしろい論点も、本書の主題でないことを、「あとがき」では明示しています。
 たぶんライアル・ワトソン博士の言葉を借りれば、人間はネオフィリアであり、馬はそうではありません。しかし、馬の持つ恒常的自然と平穏は、逆に人間にとって大きな憧れ、だと山野先生は言います。

 第3部は「サラブレッドの生産」と題して、血統・育成・馴致の話を広く扱っています。
 が、それに留まらず、もっと深いことも書いています。

 「馬は単に気高く見えるだけでなく、実際に極めて誇り高い動物であり ...(中略)... 人と馬とはある約束事の範囲内で極めて高い信頼関係を築けるもので、その信頼関係の中で馬に競走意欲を与え、馬自身が競走に挑むところに競馬というスポーツのすばらしさがあると思う。 ...(中略)... もし、馬が本気で反抗すると誰も馬に競走をさせることはできない。」

 「今も馬を畜生として従属させることで人のために働かせることができると考える人は多い。確かに独裁政権のもとで多くの人々を従属させて、独裁者の思うままに人々を動かしてきた数々の歴史があり、...(中略)... そうした考え方を持つことがどれだけ人間を軽蔑すべき物にしているかを考えるべきであろう。」

 「馬は草食動物として限られた世界観の中で生きている。それだけ人と比較すると極めてナイヴな存在であることは否定できない。しかし、それは進化史におきてそのような必要性がなかったからで、...(中略)... 馬は人以上に愛を知っている。人以上に信頼すべき物に対して誠意を示す。人以上に自分の使命に対して勇敢であり、使命から逃げようとしない。人以上に我慢強く寛大で律儀である。そうしたことのすべてが、現在の人間に最も求められているものでもあるのではないだろうか。」
 

 馬について書きながら、人間についても書いています。