誤訳の話2007-01-16 01:02:47

 翻訳は難しいです。

 正しい訳を付けるには、語学的な知識はもちろん、書かれている事柄に関連する限り、両国、地域での風俗習慣、歴史文化、信仰宗教まで知る必要な場合があります。
 プロの翻訳者として生活するために、自分の知っている分野の仕事だけ取るのは、なかなか簡単なことではないでしょう。しかし、良心のある翻訳者は、時には勉強する決心を下り、時には仕事を断る勇気も必要だと思います。

 素人が言うのもなんなんですが、誤訳が多いと、読者に迷惑をかけるばかりでなく、自らの信頼とキャリアを損なってしまう可能性もあります。


 例えば、ゲームの「Age of EmpireII」を紹介したとき、アスキーから出している「The Conquerors Expansion」の攻略本が写真に写っていますが( http://tbbird.asablo.jp/blog/2006/11/23/965689)、これはかなりひどい翻訳でした。

 アステカの固有テクノロジー「栄誉戦」についての紹介では、
 「既に瀕死のジャガーウォーリアにかなり大きな力が与えられる栄誉戦では、槍兵(およびそのアップグレード兵)でさえ恐怖に陥れることも可能です。」とあります。
 なんのことか全然わかりません。
 「栄誉戦」を研究すれば、元々脅威的なジャガーウォーリアにかなり大きな力を与えるだけでなく、槍兵(およびそのアップグレード兵)をもかなり恐怖な存在にすることが可能です。」にでもすれば、まあ、このゲームをやっている人なら意味はわかります。

 各文明の戦略紹介で、朝鮮について、
 「騎兵育成所のユニットはほとんどすべて利用できますが、血統の研究の無意味さが時に大きな問題となることがもあります。」とあります。
 原文は読んでいないですが、きっと、朝鮮の文明では「血統」のテクノジーを研究できないことについて言及しているところです。「無意味さ」とはひどい訳でした。

 例を挙げるのもばかばかしいぐらい、この本には至る所に意味不明な文が混ざっています。
 きっと、翻訳者(株式会社日本ドキュメンテックスとなっていますが)は、このゲームをほとんど(もしくはまったく)やったことがないでしょう。


 佐藤正人さんの「蹄の音に誘われて」(毎日新聞社)を読むと、江戸川乱歩の「競馬を描いた探偵小説」について、いくつかの点を指摘しています。

 例えば、「近頃は競馬のハンデをとんとしないものだから、新聞に目を通して予備知識をつけておかなくちゃ」という主人公の素人探偵の言葉ですが、なんだかよくわかりません。
 実は「ハンデキャップ」は普通の意味以外、勝ち馬を検討する、という意味もあり、この競馬用語を知らないと文章が通じなくなってしまう、との話です。
 江戸川乱歩は、語学は相当達者で、英米の探偵小説を原文で読み、さかんに紹介していましたが、それでも競馬に詳しくないため、誤訳が発生してしまいます。

 佐藤さんは競馬の専門家なので、「競馬用語」だと言っていますが、競馬に限らず「勝者を予想する」まで広げられる例を、僕は米国のスポーツやギャンブルのサイトで何度か見かけたことがあります。


 翻訳の場合、自国の競馬に詳しいだけでもだめです。
 アメリカ最大の競馬週刊誌「The Blood Horse」を定期購読していた頃だから、たぶん8年前か9年前の話です。

 うろ覚えですが、「日本はいま、海外から大量に3歳(3 years old)馬を輸入している。2歳(2 years old)馬も輸入していますが、それよりも3歳馬の輸入数が多くなっています」、というような記事が出ていました。
 競走馬の3歳(3 years old)というと、すでにクラシックロードで戦っているか、古馬の域に入ろうとしているかですので、若い2歳(2 years old)よりもたくさん輸入していたなんて、考えられません。

 もちろんそんなわけはなく、誤訳です。

 2001年から、日本でも馬齢の数え方を欧米に合わせましたが、その頃はまだ「数え年」を使っていました。
 「The Blood Horse」の記事の元になっている日本語の資料で出ている「3歳」は「2 years old」であり、「2歳」はいわゆる「yearing」であり、それを知らずにそのまま直訳してしまったゆえの誤訳だと思います。


 翻訳は難しいです。
 前出佐藤正人さんの本では、「誤訳のない翻訳はない」と断言した上で、誤訳を指摘されたときにどう対応するかが重要としています。

 指摘に対して、ウンともスンとも言わず、完全に無視に徹した人も、一応指摘に対して感謝するものの、やっとサラリーマンをやめて翻訳でメシを食っていけるようになったので、あまり大げさにしないでほしいと返信した人も、翻訳者のなかにはいます。
 
 僕はうえの「The Blood Horse」の記事を読んで、ちょっとこれは間違いではないか、という意味のE-Mailを送ってみました。
 すると、1時間も経たないうちに、名物編集長の署名ですぐに返信が来ました。無論本人だったかは不明ですが、内容は、まず指摘に対して感謝の意を表し、ちゃんと確認、訂正を行う、みたいなメールだったと思います。

 これぐらいの対応をすれば、大抵の読者は怒らないと思います。